捨てる」旅のススメ

もしあなたが、人生に疲れ、元気を失くしているなら? もしくはお金をなるべくかけずに行ける、刺激的な旅先を探しているのなら?……迷わずスペイン版お遍路、「カミーノ・デ・サンティアゴ」の旅に出かけてほしい!  アウトドア・グルメ・建築・そして出会いと、その楽しみ方は人によってさまざま。新書『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み、食べ、歩く800kmの旅』(光文社新書)から、そのエッセンスを6回に渡りお届けします。


写真提供:淡路愛

全世界的ブーム! 「カミーノ・デ・サンティアゴ」って?

 カミーノ・デ・サンティアゴ。この聞き慣れない名前の場所が、今、全世界的なブームとなっているのをご存じだろうか?

「カミーノ・デ・サンティアゴ」とは、スペイン北西部に向かって伸びる、キリスト教の巡礼の道のことだ。カトリックの三大聖地の一つ「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」。そこに向かってフランス南部の開始地点から最長約800キロにも及ぶ道を、徒歩や自転車、馬、車やバスなどさまざまな手段で巡る、いわばキリスト教版「お遍路」。

 中世に始まったその道は今なお世界的に人気で、子どもからお年寄りまで、最大で年間18万人もの人々が、険しい山や谷、荒野を越え、最終ゴールの「サンティアゴ大聖堂」を目指す。

 アメリカでは数年前、カミーノを題材にした映画『THE WAY(邦題・星の旅人たち)』が大ヒットした。それをきっかけに、数多くのアメリカ人が主人公と同じく、バックパック一つを担ぎ、言葉の通じないこの異国の田舎の道を訪れている。また韓国では、主に20代から30代の若者を中心に爆発的なブームとなり、数々のエッセイ本やガイドブックが発売されている。ドイツでは、病に冒されたコメディアンがこの道を歩き、その過程を旅行記として出版。それが大ヒットして以来、巡礼者の数は増え続けている。

 単なる一過性のブームではない。カミーノの人気は1985年ごろからじわじわと世界的に広がり始め、南米やヨーロッパ各国からも多くの人がこの道を歩きにやってくる。ギャップイヤー(進学・就職する前に、1年程度の猶予期間を持ち、好きなことをして過ごす期間)で、転職の合間に、バカンスで……と理由はさまざま。どんな理由で歩いても許される、自由な道だ。

 カミーノ・デ・サンティアゴは、なぜ今、人気なのか? それはこの道が、人との出会い、未知の自分の発見、肉体のトレーニングから、世界遺産、美食、パーティーにいたるまで、ここでしか得ることのできない数多くの経験で満ちあふれているからだ。

 私はこの道を、3度にわたり歩いた。一度目は2008年。レオンという街からスタートし、10日間をかけて300キロの道のりを踏破した。また翌年には、ブルゴスという街から500キロを20日間かけて。その5年後の2014年には、フランスのピレネーの麓にある、巡礼路の起点となる街サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから、約800キロもの全道程を35日間かけて歩いた。

 なぜ私が「スペインを歩く」という一見突飛な行動に、こんなにも惹かれたのか。それは、学生時代に出会った韓国人の宗教学者、金良枝さんの言葉が、心に残っていたからだ。

21歳の自分を自由にしてくれた「捨てる旅」

 金さんは40年以上前に来日し、東京大学で学んだのち、四万十川をフィールドワークしながら古今東西の聖地を研究し歩いている宗教学者だ。現在はソウル大学に在籍している。その彼に「最も感銘を受けた場所はどこですか」と尋ねて返ってきた答えが、スペインの巡礼路「カミーノ・デ・サンティアゴ」だった。

「人生と旅の荷造りは同じ。いらない荷物をどんどん捨てて、最後の最後に残ったものだけが、その人自身なんです。歩くこと、この道を歩くことは、『どうしても捨てられないもの』を知るための作業なんですよ」

 当時21歳の私は、何もかもがうまくいかず、すっごくすっごく、焦っていた。途方もなく困っていた。就職できない自分に。人とうまく付き合えない自分に。社会と靴擦ればっかり起こしている、ダメな自分に。そんな時に、私は金さんのこの言葉をたよりに旅に出た。バックパック一つ背負って。どこかに答えがあるんじゃないか、というかすかな希望を抱いて—。

 そこで出会った多くの人々の言葉が、私の人生を変えた。年齢も育ちもバラバラな、世界中の国々から集まる多くの巡礼者たちが、一緒に寝泊まりし、同じ鍋からスープを飲み、共に聖地を目指してゆく。彼らの言葉を聞くことは、そのまま、彼らのこれまで築いてきた人生観に触れることだった。

 彼らの言葉が、思い込みや、日本の常識に縛られてガチガチになっていた私の頭を解きほぐしてくれた。時には鋭い言葉の刃に身を削られ、隠していた地がむき出しになり、痛みに悲鳴をあげた。そうして余計な外皮がすっかりなくなった時、私は、残された自分自身と向き合えた。

 この道で出会った多くの言葉たちが、私をつくってくれた。

 この旅は「捨てるための」旅なのだ。

 日常生活で詰め込みすぎた固定観念、忘れたくても忘れられない思い出、思い込み。それらが、スペインの田舎という、祖国の常識の通用しない異国の地で、どんどんひっくり返る。未知の出会いに飲み込まれてあっぷあっぷともがいているうち、どんどんいらないものが消え、洗い流されて、からっぽの自分の中に、新しいものが芽生える。

 歩くという行為は、これまでの自分を省みると同時に、次の自分にたどり着く行為でもある。文字通り、A地点からB地点にたどり着く間に、「私」自身もまた、A地点にいた時の私ではなくなっている。そういう変容をもたらすのが、この道の特異な力である。

 この道を歩く人々は、旅を終えた時、新しい、なんらかの境地にたどり着くことを期待して歩く。実際にたどり着けるのか、それが何であるのかは、誰にも分からない。しかしその道程は、とほうもなくエキサイティング。苦労やトラブル、疲労や不便も含め、人生の中で振り返ってもかけがえのない経験となることは、これまでこの道を歩いた、数えきれないほど多くの先人たちの証言によって、確約されている。

 私がこの本で伝えたいのは、ただ一つ。

「カミーノ・デ・サンティアゴは楽しい!」

 理由はなんだっていい。自分探しでも、宗教的動機でも、スペインの文化を楽しむのでも、レジャーでもいい。ただ、この道はあなたが歩く前に期待していたものより、数倍も多くの、また思いもしなかった喜びと楽しみをもたらしてくれるだろう。神様を信じていようが信じていまいが、この道はあなたにとって、とびきりのギフトとなる。それが何であるかは、歩いてからのお楽しみだ。

 もしあなたが、長い人生の中で、数日間もしくは数十日間を個人的な楽しみのために確保できるなら。または、人生につまずき、うまくいかず、にっちもさっちもいかない、と絶望しているのなら。もしくはお金をなるべくかけずに行ける、刺激的な旅先を探しているのなら。迷わず本書を手に取ってほしい。きっとこの本は、あなたにとって最高のガイドとなるはずだ。

 出かけよう、未知の出会いが待つ道へ。

 ブエン・カミーノ(よき旅を)!

お知らせ
9月3日(木) 19:30より、西荻窪「旅の本屋のまど」さんにて、スペイン巡礼の魅力をお伝えするトークイベントを行います。 ぜひ皆様、お越し下さい。

新刊「人生に疲れたらスペイン巡礼」発売記念  小野美由紀さんスライド&トークショー「スペイン巡礼旅の楽しみ方」(詳細・お申し込みはこちら

【佐々木俊尚氏 推薦!!】「これこそが、サバイブの時代の旅だ。 要らないものを捨て去り、最後に残る自分を発見する旅」

この連載について

人生に疲れたらスペイン巡礼

小野美由紀

もしあなたが、人生に疲れ、絶望しているのなら? もしくはお金をなるべくかけずに行ける、刺激的な旅先を探しているのなら? 数日間、もしくは数十日間を、個人的な楽しみのために確保できるなら?……迷わずスペイン版“お遍路”である「カミーノ・...もっと読む

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コメント

nekokkekusege パウロコエーリョの星の巡礼やん https://t.co/JqljxdSZjJ 3ヶ月前 replyretweetfavorite

n_plus “理由はなんだっていい。自分探しでも、宗教的動機でも、スペインの文化を楽しむのでも/ただ、この道はあなたが歩く前に期待していたものより、数倍も多くの、また思いもしなかった喜びと楽しみをもたらしてくれるだろう。” 3年以上前 replyretweetfavorite

n_plus “この道を歩く人々は、旅を終えた時、新しい、なんらかの境地にたどり着くことを期待して歩く。実際にたどり着けるのか、それが何であるのかは、誰にも分からない。/人生の中で振り返ってもかけがえのない経験となる” 3年以上前 replyretweetfavorite

n_plus “スペイン/キリスト教の巡礼の道/日常生活で詰め込みすぎた固定観念、忘れたくても忘れられない思い出、思い込み。/異国の地で、どんどんひっくり返る。未知の出会い” 3年以上前 replyretweetfavorite