美味しい料理を作るのにレシピはいらない
石川善樹(以下、石川) 前回お話し伺って、料理ができるようになると、家庭にも、健康にも良いことづくめだということはわかったんですが、僕はレシピを見て料理を作ることがあんまりおもしろいとは思えないんですよね。啓介さんと一緒にGoogleの料理教室に行ったときも、まず最初にレシピを参考にするよう説明されたじゃないですか。
松嶋啓介(以下、松嶋) ああ、そうですね。レシピ通りに作り方を覚えるのも勉強の一つとして大事なんですが、美味しい料理を作ることにおいては本質ではありあません。
石川 そうなんですか。
松嶋 僕は一番大事なことは、「レシピに集中すること」じゃなくて、そこにある「素材と向き合うこと」だと思っています。素材を美味しくするために、レシピの枠の中で調理するわけです。
石川 素材を見ずに、レシピだけに注目してしまうのは本末転倒ということですね。
松嶋 別に厳密にレシピ通りに料理しなくたっていいんです。大事なのは“いい加減”、つまり“いいあんばい”。僕と石川さんがまったく同じレシピ、同じ道具や素材で料理を作ったとしても、全然違うものになるでしょう。
石川 ああ。それはこれまでの経験や知識が違うから?
松嶋 それもあります。ただ、そもそも、扱っている素材にも微妙な差がありますよね。熟し加減など素材に差があれば、調理法もその都度変えなければいけません。
それに僕らの体調もその時々で変わります。体調が変わればその日の味覚が変わるし、求めるものも変わる。そういうことがあるから、僕らプロの料理人はレシピを見るんじゃなく、目で見たり、味見することで素材と向き合っているわけです。
石川 先日、啓介さんの料理教室で話を聞いていて気づいたんですが、味見って「味を見る」と書くじゃないですか。あれは料理の味というより、素材がどう変化したかを見ているわけですか?
松嶋 そうそう。自分の調理で素材がどう変化するのかを覚える感覚かな。同じ素材でも、刻み方、火の入れ方、味付けなどで、味ががらりと変わります。舌を使って、その変化を知っておかないと料理人としての腕も成長しないからね。
そんなふうにして、いつも素材と向き合っています。仕事やスポーツと同じで、料理もプロセスさえ覚えれば上手くなるようなものではありません。
石川 確かにそうですね。だから啓介さんの料理教室でも、あまりレシピを教えてくれないのか。
松嶋 レシピは僕の本でも学べることだから。さきほども言いましたが、上手に料理をするために一番大事なのは、コツを覚えることです。
例えば、使っているコンロや鍋でも、調理する時間は変わるはずですよね。それよりも、ある素材を調理していて、ツヤが出れば美味しくなったとか、焼き色がついてきたら食べごろだとか、そこをみなさんに知って欲しい。
石川 知識よりも経験が大事な理由がわかります。
松嶋 その経験に裏付けされた言葉っていうのかな。それがコツですね。それを目の前で実演して、味を覚えてもらうことが、僕の料理教室の役割だと思っています。
石川 僕も啓介さんの教えた通りに作っても、やっぱり教室で一番最初に食べさせてもらった料理に比べて味は落ちるんですよね。火入れがすごい難しいと思いました。
松嶋 味を覚えて味見をしていれば、何度も料理するうちに、一人でも経験を積んでコツをつかめるようになるから。そうなるためにも、素材と向き合ってほしいですね。
大事なのは何を食べるかではなく、誰と食べるか
石川 素材と触れるのは一つのキーですよね。ただジャンキーな食べ物ばかり好む人は、こってりした脂っこい味を好みます。そういう人たちにも美味しいものや健康的な食事を知ってもらうためにはどうすればいいですか。
松嶋 やっぱり体験が大事だと思います。
石川 それは良いレストランに行くとか?
松嶋 いやいや。実際に農家に行って、採れたての新鮮な野菜を食べてみたり、牧場でBBQしてみるといいですよ。残酷に思えるかもしれないけど、開放的な雰囲気だったら牛を眺めながら肉を食べても、すごく美味しいと感じられます。天気とかシチュエーションは、料理とかなり密接な関係なんです。
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