いきものがかりの「風」の歌を聴け

文芸・音楽評論家の円堂都司昭さんが、2012年末の『NHK紅白歌合戦』をとっかかりとして、いきものがかり、斉藤和義、そしてAKB48などの楽曲に表れる「風」を論じます。そこからは現代のメッセージ・ソングのあり方が感じ取れ、聴き慣れた音楽の意外な側面も見えてくるのではないでしょうか。

 2012年末の『NHK紅白歌合戦』には、因縁のあるアーティストたちが登場した。今回が初出場となった斉藤和義と、紅組のトリを務めたいきものがかりである。

 2011年の東日本大震災により、東京電力の福島第一原子力発電所は深刻な事故を起こした。これに対し斉藤が、政府や電力会社の姿勢に怒りをぶちまけた反原発ソング「ずっとウソだった」(自作曲「ずっと好きだった」の替え歌)をYouTubeにアップし、大きな反響を呼んだことを記憶している人も多いだろう。

 しかし、いきものがかりのリーダーでメインのソングライターでもある水野良樹は、ツイッター上で「俺は斉藤和義さんの音楽が大好きだけど『ずっとウソだった』は大嫌いだよ」と発言し、賛否両論の渦を巻き起こした。水野はその後、自分の考えを説明する補足的な発言もしており、それらはtogetterにまとめられている。

 このまとめからわかる通り、音楽に政治的な主張、姿勢を直接的に乗せることへの懐疑が、水野の批判の根底にはある。同時に彼は、どのような曲も意図せずして政治性を帯びてしまうことがありうると理解してもいる。

 昨年末の紅白で斉藤は、「やさしくなりたい」を歌ったが、その際に「NUKE IS OVER(原子力は終わった)」と書かれたギター・ストラップで出演した。彼なりに自分の姿勢や意地を貫いたわけだ。

 一方、いきものがかりは、NHKの放送するロンドンオリンピックのテーマ曲として水野が作詞作曲した「風が吹いている」を演奏した。私からみると同曲は、「ずっとウソだった」を批判し、直接的なプロテスト・ソングへの懐疑を表明した彼が、発言に関する責任を自覚しつつ書いた作品のように感じられる。それがどういうことか、いくつかの曲に言及しつ考えを述べるので、詞を検索しつつ読んでほしい。

風が吹いている
風が吹いている

 時代が変わるということから歌い出される「風が吹いている」は、生、希望、絆などのモチーフからも察せられる通り、オリンピックだけでなく大震災からの日本の歩みを意識して作詞されている。このことは、水野自身も証言している(『いきものがかりのほん』のインタヴューなど)。

 実際に詞を読むと、大震災やロンドンオリンピックといった特定の出来事に直接結びついた言葉はない。今の日本に対するメッセージ・ソングであると同時に、いつでも聴けるバラードになるように考え抜いて作られた曲という印象だ。傷ついた国土の復興や、日の丸の映る機会が多い国際的なスポーツ大会がテーマであれば、国威発揚的なある種の政治性を帯びざるをえない。水野はそんなタイアップを引き受けつつ、ポップ・ミュージックとして一般的で普遍的な作品を目指したといえる。

 シングルとしては長尺であり、「LALALA」で終わる大らかな曲調、癖のないことがむしろ個性になっている吉岡聖恵のヴォーカルとよく練られた詞が一体となったこの曲は、水野の意図に近くしあがった成功作だろう。

 気になるのは、「風が吹いている」という曲名とサビのフレーズだ。2012年末の紅白には、いきものがかり、斉藤和義と並んでAKB48も出場していた。彼女たちは震災のあった2011年の回にも出場してメドレーを歌ったが、1曲目は、いきものがかりの曲名とは1字違いの「風は吹いている」だった。それは震災復興応援ソングとして発表された曲であり、秋元康の詞には「瓦礫」という直接的な言葉を筆頭に、被災地の風景を連想させるフレーズが並んでいた。

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コメント

endingendless ↓先のツイートを水野良樹氏にリツイートしてもらったことだし、あらためてこの原稿を紹介。→ 4年以上前 replyretweetfavorite