「“大きく出たね”のルーツは仏像のことでしょ!」
小生、とにかく巨大仏が好きで、10年ほど前には、まとまった休みごとに日本各地へ巨大仏を見に出かけたものだが、そのきっかけとなった一冊が宮田珠己『晴れた日は巨大仏を見に』(幻冬舎文庫)であり、もっと言えば、その単行本に推薦文として記されていたみうらじゅんの「そもそもさー、“大きく出たね”のルーツは仏像のことでしょ!それを人間がマネすると困ったことになるわけよ」に端を発している。その推薦文には、いとうせいこうの「みうら氏の帯文は少々意味不明ですが、本書の中身は私が保証します」も添えられていたが、「大きく出たね」のルーツが仏像という提言、実際にあちこちの巨大仏を訪問すると、決して意味不明でもないと悟るのだった。景観を豪快に乱す巨大仏は、「いやー、大きく出たね」くらいしか投げかける言葉が見つからないものなのである。
巨大仏好きは映画『進撃の巨人』を理解する
なにやら、映画『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』に対する芳しくない評がいくつも目に留まるので、歌舞伎町の映画館へ、月曜朝8時半からの上映回に出かけると、観客は後方に数名、前方は仕事明けと思しきホストとキャバ嬢と武田の3名だけであった。「NO MORE 映画泥棒」の映像を「マジうける」と指差して笑い転げる2人と数席空けて座っていたこちらは、本編でも騒ぎ立てられそうだなと警戒したが、いざ始まると時折「マジやべぇ」とつぶやく程度で安堵する。エンドロールが流れると互いの感想である「いや、マジでやばかった」を投げ合っている。で、この映画を積極的に評する言葉を探したとき、彼らのシンプルな言葉はとても的確だと思った。
巨大な建築、大仏、塔、怪獣等に接したときの感覚から日本建築の特性を探求する一冊に『ぬっとあったものと、ぬっとあるもの——近代ニッポンの遺跡』(ポーラ文化研究所)があるが、映画『進撃の巨人』は、その「ぬっと」出てくる心地悪さを執拗に描き出していた。原作との整合性や、明らかに不要と思しきラブシーンの存在の煩わしさなどなど、評価が芳しくない理由もわかる。しかし、巨大仏好きの心底にある「大きく出たね」と「ぬっとある」に興奮する感覚には一定の刺激を与える映画だった。とはいえ、この映画を理解してもらいたい優先順位として「巨大仏好き」はだいぶ低いだろうから、映画のお役には立てそうにない。
水原希子に積もる質の低い反意
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。