SNSは意図がなくても傷つけてしまうことがある
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
以前、僕はTwitterにこういうことを書いたことがあります。
「女の子が小さい頃、お父さんからの愛情をたっぷり注がれないと、大きくなってから男性恐怖症になるそうです。ブラジル人はお父さんが娘を溺愛するから、女の子が大きくなっても『お父さん臭い』とか言わないらしいです。今、小さい娘がいるお父さん、愛情をたっぷり注いでくださいね。」
これ、何かの本で読んで「なるほどなあ」と思って何気なくツイートしたのですが、すごくたくさんリツイートされたんです。
するとある女性から「私には父がいませんでした。だから私は男性恐怖症なのでしょうか」という内容の返信が来ました。僕のツイートにとても傷ついたようなのです。その方とはツイッター上でしばらくやりとりをしまして、「和解」のような雰囲気にはなったのですが、不特定多数の方が見る可能性のあるインターネットって本当に難しいなあと痛感しました。
例えば僕はこういうコラムでよく恋愛やセックスのことを書きます。そういう時はたいてい「男は女が好き。女は男が好き」という建前で書いているのですが、同性愛者の方が読んだらどんな気持ちになるだろうとたまに考えてしまいます。
あるいは僕はバーテンダーという職業柄、「お酒って美味しい」、「お酒を飲むって楽しい」という内容のことを書くのですが、アルコールを体質的に受け付けない方がこの手の文章を読んで、どういう気持ちになるのだろうと考えたりもします。
書いた本人にはそういう意図がなくても、誰かをひどく傷つけてしまうこと、ありますよね。インターネットで誰でも世界に向かって発信できるようになったからこそ、みんなが意識しなくてはいけないことだと思います。
僕は飲食店で働いている友人、飲食店を経営している友人がたくさんいるのですが、彼らと話していて必ず話題になるのが「食べログ」のことです。食べログでの書き込み、僕たち飲食店の人間にとっては本当に参考になります。みんな自分のお店の評判が気になるので、マメに食べログで自分のお店をチェックするわけです。
そして「そうかあ、あの料理、辛すぎるって感じる方もいるんだなあ。他のお客さまはどんな風に感じているのか、今度お店で聞いてみようかな」とか「あのワイン、高いって感じるんだなあ。あのワインはどうして高いのか接客の時にもう少し説明してから飲んでいただいた方が良いのかなあ」という風に、自分の店のいろんな反省点を気づくきっかけにしています。
でもたまに、ごくたまにすごく傷つくような書き込みをされることがあります。「あれって本当に落ち込むよね」と、飲食業界のみんなでよく話題にしています。でも書いている人は多分そうやって僕たちが落ち込むことまで意識して書いてないと思うんです。誰かを傷つける意図がなくTwitterを書いてしまうのと同じような感じです。本当に「表現」って難しいですよね。