東京の片隅、世田谷区と杉並区のちょうど境目、下高井戸という町に「JAZZ KEIRIN」という名の奇妙な“うどん屋”がある。重い扉を開け店内に入ると天井からは競技場自転車がぶらさがっている。黄色く塗られた壁にはジャズの名盤のレコードジャケットや競輪選手のジャージが額に収められ、飾られている。思わず、間違った場所に足を踏み入れてしまったのではないかと錯覚する。グルメ雑誌で「東京No.1のカレーうどん」などと認められる創作うどんをメインにした店だが、入店したのに何も頼まず、そのまま回れ右して店を出ていってしまう客がいまだに毎日二~三組はあるという。
なぜこのような店を開くに至ったのだろうか。
生まれつきの運/不運を、はやく見極めて、運を引き寄せろ
—— 栂野さん、店名にもありますが、競輪が大好きですよね。まずはその辺りお聞きしたいのですが、ギャンブルって「運」に支配される要素、どれくらいあるんですか。「運」以外の要素ってありますか。
栂野眞二(以下、栂野) うーん、ヘタしたら「運」がすべてかもしれないな。すべては結果論なんですよ。データを揃えて当たるんだったら、そういう分析をするヤツが勝つんですよ。まあ、それで勝てる世界もあるんですよ。
例えば株式とかを大きな規模で動かしている世界はイレギュラー要素が少ないから、それを仕事にしている人も多い。イレギュラー要素が少ないということは、つまりオッズが変わらない。データの解析で競馬とか競輪で成功したヤツもいるんだけど、短期間ですよね。その成功の影響でオッズが変わるんですよ。そうすると解析が役に立たなくなったりもする。それがギャンブルの面白いところですよね。ある統計があって、それで勝つヤツが出てくる。その解析が広まって、それによってオッズが変わっちゃう。
特に競輪の場合は、オッズを選手が知るんですよ。プレッシャーが選手にかかってくると、レースが変わってしまう。そうしていくうちに、本来「穴」だったものが「穴」じゃなくなってくる。競輪じゃなくてもなんでもいいんだけど、出目の解析で勝ったやつが出てくると、その解析が、次の展開に心理的に影響してくるんですよ。
—— それは競輪についてですか?
栂野 いや、あらゆるギャンブルがそうですよね。究極はないよね。でも、より高い確率というのはあるよな。例えばさっき言ったような株とかで、100億を賭けて3億の勝ちを取るみたいなのは、仕事としてやっていればあり得るんですよ。
規模は違うけど、車券師とか呼ばれてるプロの人達はそういう買い方をするのかな。喰うために生業としてやっているんですね。遊びじゃないから、我慢のいる、かなり辛い仕事だと思いますよ。でも俺たちは100円からはじめて1億勝ちたいという人種なの。俺たちは遊びだから「ドカーン」と行きたいの。「コロガシ」でどっかんどっかんというヤツの話だってあるんですよ。100円から賭けて次のレース、次のレースってやっていくんですね。1000万くらいは、多分その辺にいますね。
借金取りに囲まれながら、最後のナケナシの金で、最終的に4億勝ったとかいう話だってあるよな。どう見ても金持ちじゃない人が、すごい単位の払い戻しを受けてるのとか見ることもある。ただ額が大きくなりすぎると別室に連れていかれて、お金渡されて「タクシーでお帰りください」というような話を聞くよね。うちのお客さんのK君なんかは700万勝ったとき、そういう部屋に連れて行かれたっていってましたね。
—— 競輪についての話になっちゃうと止めどなくなってしまうので、一般論に落としていってもらいたいんですけど、結局「運」がすべてだとして、その「運」てなんですか?
栂野 まずは目の前にあるチャンスをチャンスと思えるヤツ。それを持ってるヤツは運をつかみますよね。
それから、そのチャンスに気付いたけど逃してしまって「次からは逃さないようにしよう」と思うヤツ。その段階に立って「これはチャンスか、それともチャンスじゃないか」を考えはじめるヤツ。
それで次に、これはチャンスかもと思ったときに、実際に踏み出せるヤツと踏み出せないヤツというのがいるんですよ。チャンスが大きければ大きいほどみんな踏み出せないんだけど、踏み出すヤツは踏み出します。
—— チャンスが訪れるか訪れないかということ、それからそのチャンスを見逃すか、見逃さないかというのが「運」ということですか?
栂野 「運」というのは、チャンスを物にする力ですよ。先ずはチャンスかどうかを判断できること。それを見極められること。ほんの小さなことであっても。
—— それは経験ですか?
栂野 うーん、経験もあるし、人柄というか、生まれ持ったものが大きいんだよね。生まれた瞬間にあるじゃないですか。お金持ちで人脈のあるうちに生まれたり、反対にものすごく貧乏で、むしろ負の人脈をいっぱい抱えちゃって、がんじがらめでどうにもならないという場合もある。
でも運がゼロという人はいないと、俺は思ってます。ものすごく不運に生まれついたからこそ、小さい、小さいチャンスすら「これしかない」と思って見逃さなかったという人もいるんだよね。中流以上の何不自由ない生まれつきだったら、そんな小さなチャンスはぜんぶ見逃していたかもしれないですよね。むしろリスクと感じていたかもしれない。ノウハウというのはなくて、人それぞれだと思うんですよ。
例えば自分に運がそもそも無いのだとしたら、それを先ず認めて、身構える。そういう姿勢から、運を引き寄せる力というのが生まれてくると思うんですよね。運があるヤツは、かならずチャンスに踏み出す。
やるヤツは必ずやるけど、やらないヤツはやらない
—— お店のお客さんで、悩み相談というか、人生相談を持ちかけてくる若い人も多いって言いますよね。そのチャンスで踏み出すか、踏み出さないかという話と関係しますか?
栂野 ギャンブルやってて一番バカバカしくて答えたくない質問が「ギャンブルやってて儲かりますか?」っていう質問なんですね。まあ気持ちは分かるから答えるけど、それってゴルフが好きな人に「どう? 健康になりますか?」って聞くようなものなんですよね。金儲けでやるんだったらギャンブルなんかしませんよ。だって負ける率のほうが圧倒的に高いんだもん。
ギャンブルの面白さって結局、自分の描いたストーリーとか、自分の夢みたいなものが実現していく過程の面白さなんですよ。
—— それはとりあえずギャンブルの話ですよね。実人生というか、実生活においてもその「面白さ」、「やるかやらないか」というのは当てはまりますか?
栂野 ギャンブルに関しては、ほんとにハマる人と、まったくやらない人に分かれるっていうよね。ギャンブルじゃなくても、やるヤツとやらないヤツというのは分かれますよね。
もう6、7年前になるかなあ。今大人気になってる猿田彦珈琲のトモちゃん(大塚朝之さん)ているじゃない。彼はそのころ近所のコーヒー屋さんでバイトしててさ、しょっちゅう食べに来てくれてたんですよ。そのうち話をするようになって、「自分の店を持ちたいんです」って言うから、とにかくやりたいんだったら、今夜帰ったらそのことを必ず紙に書け、「俺は自分の店をやる」って紙に書いてから寝ろって言ったんですよ。明日の朝、酔いが覚めてその紙を見て「よし、俺は今日からやるんだ」って思わないヤツはできないよって、確かそんな話を彼としたと思う。
その後で、トモちゃんは本当に我が道を進みはじめたから、俺の知っていることは具体的に、事あるごとになんでも伝えた。彼がその前に俳優をやっていたとかそういう話は、後になってから聞いたかな。
—— それで、今回の栂野さんの本に推薦のコメントを寄せてくれたんですね。大塚さん(トモちゃん)の場合は「やりたいことが既に決まってる」というケースですよね。そうじゃなくて、何をやりたいのかまだ分からないけど、それでも今の環境に疑問や不満を抱いているという人からの相談もありますよね。
栂野 うん、ありますね。相手に「これをやりたいんです」というのがはっきりとあれば、じゃあ「今やっている仕事を辞めて、そっちに行きなよ」と薦める。「もう会社を辞めてきました」そう言われれば喜んで相談に乗る。
だけど「やりたいことが分からないけど、今の状況に不満がある」というような場合で、勤めを持っている人に対しては「やりたいことがないんだったら、辞めないほうがいいよ」って言うようにしています。路頭に迷うから。それに、次に行っても同じことになって、どんどん薄いキャリアを積み重ねていくことになるから。
「これをやりたい」っていう意志がないと、結局できないんですよ。ただ、勤めてる人、サラリーをもらっている人というのは、ある意味自由なんですよ。辞めようと思えばいつでも辞められる。その代わりに労働の対価も安いんだけど、それはそういう契約だからね。雇われているわけだから、やりたくないと思っている仕事に回される可能性だってあるわけですよ。それも契約。だからこそ勤めている場合、それが嫌なら辞めますというのも自由。自営のほうが辞めたり休んだりというのは難しいんですよ。
例えばこの店でいうと、ここが好きで来てくれる人もいるし、誰か店長を代わりに雇って俺がいなくなると店が変わる、そうするとここを好んで来るというような人達に対しては迷惑がかかるわけですよ。軽々しく辞められないというのが、自営にはありますよね。俺が人を雇っていれば、その人に対する責任もあるわけだしね。まあ、給料もらってるヤツに関しては、辞める辞めないで悩む必要ないんじゃないのっていうのが、俺の思うことです。
—— 今の仕事がどうしても嫌なんだけど、就職難とか言われいて、次の職場があるのか不安だから辞められないというような人もいるじゃないですか。
栂野 そういうのはガキの相談と一緒だから、俺は聞けない。時間の無駄だから関わりたくないな。次に来るときに動きはじめているような人もいるんですよ。次になにがやりたいのか、それをもう探しはじめてる。そういう人の相談には乗れるし、話し相手にもなれますよね。成功するとかしないとかじゃなく、それをやりたかったかどうか、という点に尽きる気がします。やるヤツと、やらないヤツの二種類しかいないんですよ。
—— このJAZZ KEIRINも、やりたかったことなんですね。
栂野 そう、やりたかったの。うまくいくかどうかではなくて、やりたかった。結果的にうまくいけばいいというのは勿論ありましたよ。ただ、やりたいようにやりたかった。もちろんやっていくなかでイレギュラーな要素が出てくるわけだけど、結果としてうまくいったなら、それでいいんですよ。
結果としてうまくいかなかったら、今この現実がないわけだから、どうしようもない。何が正しいのかも分からない。やっていくうちに物事が変わっていくからね。できてからも随分と変わったしね。ただ俺は、まともなうどんを作ってますよ。それは大切ですよね。
<次回につづく>
『タワシ王子の人生ゲーム』刊行記念 栂野眞二さんのトークイベントが開催決定!!
2015年9月9日(水) / 蔦屋書店1号館 2階 イベントスペース
お申し込みはこちらから
http://tsite.jp/daikanyama/event/005071.html