新訳 世界恋愛詩集

初恋」島崎藤村

「まだあげ初めし前髪の……」で知られる本詩。実は甘酸っぱいだけではなく、ツンデレな彼女の愛嬌や意外な距離の近さが描かれているんです。島崎藤村の「初恋」が菅原さんの超訳により現代に甦ります。
メディアプロジェクト「詩人天気予報」などでも話題を集める詩人・菅原敏さんが、古今東西の詩人の作品に新訳という名のオマージュを捧げる本連載。気鋭の現代美術家・久保田沙耶さんのアートワークとともにお楽しみください。


林檎の木の下で

いつものように待ち合わせ

髪を結い上げた君を見て どきり

そんな髪飾り うそだろ

いつもの君じゃないみたいだ



白い手をさしのべて

君は林檎をひとつ渡した

手のなかの小さな心臓に さくり

薄紅色に そっと刺すナイフ

恋のはじまりみたいな重さ



思わずこぼれる僕の溜息が

君の髪を揺らしている

小枝を踏んで ぱきり

あと少しで届くこと

恋に酔ってる 僕らは知ってる



林檎の木の下に続いている

この小さな細い道

「だれが踏みしめて出来た道なの?」

なんて意地悪く問いかける

君がとても愛しくて

ちいさな赤に やさしくふれる


まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

島崎藤村(1872~1943)

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新訳 世界恋愛詩集

菅原敏 /久保田沙耶

あまたの恋を書き残してきた、かつての詩人たちに、新訳という名のオマージュを。『新訳 世界恋愛詩集』は気鋭の詩人、菅原敏による新連載。いにしえの恋愛詩の輪郭を、菅原敏のいまの言葉でなぞっていきます。古い詩集に絵の具を落とし、新たな色で輪...もっと読む

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sugawara_bin 林檎の木の下で いつものように待ち合わせ  髪を結い上げた君を見て どきり そんな髪飾り うそだろ  いつもの君じゃないみたいだ 島崎藤村『初恋』 https://t.co/YDJQjD9eNL 約4年前 replyretweetfavorite

sayakubota 『初恋』島崎藤村 https://t.co/G6tyJxmO1r 約4年前 replyretweetfavorite

sugawara_bin 『初恋』島崎藤村 https://t.co/YDJQjD9eNL 「まだあげ初めし前髪の……」小学校時代に読んだ藤村の一篇、自分なりに超訳しています。ふたりの距離は、こんなに近かったんだね。 約4年前 replyretweetfavorite