彼女の存在の悲しみを問う神は—『二十歳の原点』の謎[三]

1969年6月24日に20歳で鉄道自殺をした高野悦子さんの日記『二十歳の原点』は、当時、三部作として発売され、約350万部のベストセラーとなり、日本人の古典となりました。 健やかな精神と肉体を持ち、ひたむきに生きた女性がなぜ死んだのか。彼女を死に追いやったものはなんなのか。第三回は、彼女が情熱を傾けた詩への想いを通じて、彼女の内面を探ります。詩情では掬いきれなかった、彼女の性への渇望とは。

 高野悦子は、なぜ二十歳で死んだのか。彼女を死に追いやったものはなんだったのか。

 その多元的な謎に迫るよすがになるのは、彼女の「詩への憧憬」と「性への渇望」ではないか。私は、人生の一つの時代を終えてから再び、彼女の過去を辿るにつれ、そう思い至った。

彼女を取り巻く6冊の本

 ここでまた私を重ね合わせる。当時13歳か14歳だった私はといえば、むしろ反安保闘争のような政治活動に憧れをもっていた。若者の政治的な活動に生命の躍動を覚えていたのだ。デモに参加していた高野も同じだった。だからこそ裏面の若者らしい繊細さや死や詩の憧憬に共感した。
「死や詩」と私が記すのは、彼女がもっとも好んだだろう当時の現代詩人が、当時の法政大学独文学部教授であり、「荒地」などとは異なる戦後詩の新しいホープと期待された山本太郎であったためだ。彼は投稿詩を通じて私の高校時代の詩の先生でもあった。山本太郎を通じて、私は高野悦子につながっている。

 彼女の最後の日の日記に山本太郎への言及がある。

 睡眠薬にうちかって眠らずにいることができるかどうか、いっちょ試してみっか。

 机の上に重ねられた「黒の手帖」が淋しげにこちらをみている。「アウトサイダー」は不敵に超然としてこちらをみている。「アジア・アフリカ現代詩集」「中国現代詩集」はカッキリと本立てに背すじを伸ばしてこちらを見ている。「山本太郎詩集」は前のめりになって私を招いている。「第二の性」は奥深く並んでいるけれど、無表情でチラッとみるだけで、あとはこっちでお断わりしている。

 何気なく雰囲気だけで読み過ごしそうな短い記述に彼女を取り巻く時代の濃い空気がある。この短い段落に、「黒の手帖」「アウトサイダー」「アジア・アフリカ現代詩集」「中国現代詩集」「山本太郎詩集」「第二の性」と6冊の本が出てくる。これらの本への態度は、彼女の当時の心情を如実に表している。
 山本太郎が登場するその空気を少しくわしく追ってみたい。

 1冊目「黒の手帖」は黒の手帖社の雑誌で、「黒」が暗示するようにアナキズム論がまとめられていた。後に『アナキズム運動人名事典』で鶴見俊輔らと編集に関わる大沢正道が編集していた。
 〈重ねられた〉とあることから数冊、机の上に置かれていたのだろう。1969年6月には7号が刊行されている。そこまでが含まれていたかはわからない。彼女が「中村」に渡そうしていた「アナーキズム思想史」もまた大沢正道の著作である。「黒の手帖」が〈淋しげにこちらをみている〉ということは、中村への思いがうまく伝わっていないことへの自嘲がある。

 2冊目「アウトサイダー」は25歳のコリン・ウィルソンを一躍有名にした著作である。H.G.ウェルズ、カミュ、ヘミングウェイ、ニーチェ、ドストエフスキー、さらには神秘家グルジェフなど社会から逸脱した人々(アウトサイダー)を描いている。原書が国際的に話題になったことから、翌1957年に福田恒存と中村保男の翻訳で紀伊國屋書店から出版された。私も高校生のときに読んでいる。
 高野は4月15日に読み、〈ぴったりくるところあった。どうしてよいかわからないと進むのをためらったところもあった〉と記している。自分に重なるものを求めていたのだろう。しかし、〈不敵に超然としてこちらをみている〉のは、彼女自身がアウトサイダーにはなれないことの弱さである。

 3冊目「アジア・アフリカ現代詩集」は飯塚書店の秋吉久紀夫編「世界現代詩集 9」(1963)、4冊目「中国現代詩集」は同じく「世界現代詩集 6」(1962)である。私の当時の感覚からすると、資本主義的な発展への反発から第三世界の文学が好まれていた。
 これらは、〈本立てに背すじを伸ばしてこちらを見ている〉として彼女の心を誘ってはいない。知に向かう詩の思いはすでに彼女のなかで挫折している。

 ようやく5冊目に「山本太郎詩集」が彼女の意識に現れる。おそらくこの順序で現れることは詩作的な創意によるものだ。
 この詩集は〈前のめりになって私を招いている〉。いつもの彼女なら「山本太郎詩集」を手取るはずだった。その招きの意図は明確である。4月25日の日記にある〈山本太郎の「どこかに俺の存在を悲しんでいるもの—神—がいるはずだ」と、いうことがわかるような気がする〉に呼応しているからだ。
 高野は自身の存在を悲しむ神に近いものを、山本太郎のように詩のなかに求めていた。その3日ほど前の4月22日には、詩集を散歩に携帯していた。〈私は自転車で出かけました。とても天気がよかったから。バックに「日本歴史」「山本太郎詩集」をいれて、チリンチリンと鈴をならしながら出かけました。堀川今出川の交差点まで。〉とある。彼女のお気に入りだった。
 4月23日の日記では、山本太郎の言葉は彼女に受肉している。

 闘ったところで何になる。微弱な風にとぶほこりに過ぎぬのではないか。いやあぼかあこんなことでは負けませんぞ。ぼかあ 闘ってますぞ(泣きそうな顔してんじゃないの てめえは)
 一体こんなことを書くことに何の意味があるのか。といいながらペンを走らせている。死にたい。しかし死ねない。未練があるのか、醜い恥ずかしい罪な世界に。何か私のすべてを知っている存在、たとえばそれを神というなら神といってもよい。その存在があると思っているのか。

 彼女と山本太郎の詩との出会いがいつか日記上はわからない。 3月31日の日記には〈山本太郎の詩がどうだこうだといったり、すべては階級闘争だといったりするのがこっけいなのだ〉とある。日記における山本太郎についての初出だろう。
 また、4月16日には〈きのうは「かるちえ・じゃぽね」を読み、混沌の中に再び共鳴を感じた〉とある。「かるちえ・じゃぽね」は山本太郎の詩で、思潮社の現代詩文庫「山本太郎詩集」(1968)に収録されている。高野が、神を問うた山本の句〈俺はその神に、存在の悲しみを「問わ」なければならない〉も同書の「詩論序説」に含まれている。
 彼女が詩人という存在を強く意識するのは、2月5日である。

 私は詩が好きだ。詩は鋭く豊かで内省的で行動的……。詩は真実の世界をのぞかせる。詩は人間をうたう。私は詩人になりたいと思うときがある。

 詩人・山本太郎に出会うのはそのころだっただろう。

 最後の6冊目「第二の性」は、当時人気の実存主義哲学者サルトルの実質的な妻であるボーヴォワールの、1949年の作品で、日本では生島遼一の訳本が1959年に新潮文庫となっていた。原書は二部構成だが生島の思い入れから、訳書では二部と一部が入れ代わり二部が訳書のⅠ~Ⅲ、一部がⅣ~Ⅴとなった。
 恐らく高野悦子がもっていたのはⅠだけだっただろう。4月9日〈「第二の性」を読んだら、どうしたって(性交で一体になったとて)人間は独りなんだと思った〉とあるように、性交を通しても孤独だという思いを同書は彼女に告げたが、4月13日に〈「第二の性」もストップしているな〉とある。読み出してはみたものの彼女の手には負えなかった。〈奥深く並んでいるけれど、無表情でチラッとみる〉はその機微を述べている。彼女は結局、フェミニスト的な思想は持てなかった。
 6冊のなにげない書籍名から彼女の内面で、自立心とないまぜの革命家気分、その逸脱からのアナーキズムを介して、性欲の渇望と、詩への憧れの三つの要素が渦巻いていたことがわかる。

性への渇望

 高野悦子の性の渇望は、彼女自身の文章のみならず相貌、子どもっぽい印象の美人の女性だったということを介して、読者に強い魅力として伝搬した。先の関川はその相貌に触れている。それが『二十歳の原点』をベストセラーとした理由の一つだったことは間違いない。

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