A.異常なまでのリサーチ力と分析力のたまもの。料理のためなら、上司をパシらせることも辞さないクッキングパパの貪欲さ!
小学6年生から料理を始め、今ではプロ顔負けの料理を作るクッキングパパ・荒岩一味(あらいわかずみ)。一介のサラリーマンである荒岩が桁外れの料理の知識と腕前をどうやって身につけたのだろうか。 小学生で初めて料理をした荒岩は、中学生時代になる頃にはほぼ独学で大抵の家庭料理(刺身をさばいたり、手作りパンまで!)は作れるようになっている。荒岩の母カツ代は料理名人だが、直接教えることはせず料理の本を貸したりして独学を促していた様子。きっと荒岩は自分でも料理本を読みあさり、実践することで色々な料理を身につけていったのだろう。その成果か高校生のときには、失恋のショックから手のべ素麵を打つなど、にわかには信じ難い行動力を発揮している。これだけでも、荒岩の並々ならぬ才能を感じさせるが、ここで終わる荒岩ではない。 荒岩は博多大学史学科に進学してからも、同級生の香港出身の留学生・リーさんに片っ端から中華料理を習うというリサーチ力を発揮している。リーさんは温厚な青年で、「香港は男も女もないんです 男でも料理する人とても多いヨ」と快く中華料理を教えてくれたが、アパートの一室でリーさんが作るメニューは、中華料理といってもフカヒレスープを筆頭にした手間もお金もかかる豪華な本格中華だ。リーさんのご実家はかなりの富裕層だったのかもしれない……荒岩は材料費をちゃんと折半しただろうか……と余計なことを思ったが、誠実な荒岩のことだから、ちゃんとしているに違いない。
学生時代のリーさんによる料理教室。安アパートの一室で煮られるフカヒレ……! ©うえやまとち/講談社
この他にも荒岩は歓迎コンパでローストチキンをはじめとした超豪華料理を作ってバンカラな先輩たちを「誰や、こんなつまみ作ったのは!」と驚かせたり、学園祭の屋台で焼きビーフンを作り、そのおいしさのあまり1日500皿売り上げたりして、コンパや学園祭のたびに「また荒岩の料理が食べたい!」と引っ張りだこになっていたようだ。荒岩の料理のおいしさがよほど人々の心に残ったのだろう、「プロ級の料理を作る荒岩という学生がいたらしい」という「荒岩伝説」は今でも博多大学で語り継がれている。ちなみに荒岩の卒論は「江戸末期庶民食物考 だしの発達と完成」である。もう、料理のことしか考えていないということを隠しもしない荒岩……!
社会人になった荒岩に料理の研究は可能なのか? 愚問! 荒岩は料理のためなら上司もパシらせる!
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