——世の中には一体誰が買うのだか、どうやって採算を取っているのだかよく分からない本を目にすることがある。タイトルや目次、まえがきを見てみても一体何のことについて書いているのか理解できないものや、よく企画会議に通ったなと不思議に思うもの、さらにはひょっとしてこの作者はちょっと頭がオカシイんじゃないの? でも、なぜだかリスペクトせずにはいられない―そういった本と出くわすことがたまにある。そんなヘンテコリンな本を集めたのがこの『ベスト珍書』だ——。
2014年に刊行した中公新書ラクレ『ベスト珍書』。レーベルの中でもかなり変わった珍書な新書、その冒頭はこのように始まる。著者は社会評論社というかなり振り切れた出版社の、そのなかでも振り切れた編集者、ハマザキカク氏。cakesでも寄稿をしているので、ご存知の方も多いのではないだろうか。
同書は刊行後には、おかげさまで読売、朝日、産経といった大手新聞に取り上げられ、HONZ、ダヴィンチといった書評メディアにも掲載。刊行をきっかけに、著者はテレビ、ラジオ出演を果たし、本好きの方々を中心に絶賛の声を頂くことができた(刊行元である中央公論新社が主催しているのに、これまでラクレがまったく縁の無かった「新書大賞」において票をいただいたということは、ここで強く主張しておく)。今あらためて数えたら、なんと20以上のメディアに取り上げられていた。新書一冊がここまでメディアから取り上げられる、などということは、よほどの話題作でないかぎり、ありえないだろう。
がしかし、担当編集者として一つだけ心残りがある。それは、この本がもっと評価されてもいいのでは、ということ! これだけの露出があって、あれだけの労力をかけて作った本なのだからもっと、もっと売れていいはず!
たとえばハマザキカク氏は執筆に際して、2000年ころから2014年に刊行された本をチェックし、珍書を選定した。結果100万冊近くから今回掲載した本を選んだこととなる。本書にも記されているが、仕事の前後に図書館をはしごし、移動中には図書館情報センターが発信する新刊名をスマホでチェックするなど、かけた労力は並大抵のものではない。
そして『ベスト珍書』刊行に際し、それぞれの本を執筆した著者が意図していない『珍』という名の元に晒してしまう以上、担当の私もこれ以上ないほど、表現に神経を使った。チェック作業ひとつにおいても、登場する本が珍書であるために国会図書館、そこの「別室」でしか読めず、しかも貸し出してもらうのは、性病の本とか陰毛の本とか……。と、とにかく、要はものすごく手間がかかった本なのである!
ということで、ここからはこの場を借りて『ベスト珍書』から担当編集者が選ぶベストな珍書を、本文抜粋によりご紹介することで、その魅力をあらためてお伝えしたい。今回は、浅いようなのに、実はとっても深い、そんな2冊をご紹介。最終回には、おそらくハマザ氏(ちなみにハマザ・キカク氏である)と私しか知らないであろう『ベスト珍書』に隠された秘密を二つ、初公開する。それを知れば『ベスト珍書』こそが珍書だ、と主張するその理由が分かるはず。ぜひ『ベスト珍書』片手に(無ければ買って)楽しんでいただければ光栄だ!
暴走族や右翼、チーマー、愚連隊など、不良集団の集合写真だが 『若き日本人の肖像』 (吉永マサユキ/リトルモア/2009年)
暴走族やヤクザに憧れる人は結構多いはず。そのメンバーになる勇気はなくても、その姿を見ているだけで何だか興奮してくる。以前、大胆不敵な企画で知られる第三書館が『ザ・暴走族』という写真集を出して大ヒットしたことがあるのだが、今では暴走族は「珍走団」と呼ばれているし、むしろダサい。それで現代の若者の間でカッコイイとされるチーマー(これも古いのかも)やギャングたちの写真集を作れないかと思ったことがあった。そこからさらにエスカレートして、東欧のネオナチやアメリカの黒人のギャングやKKK、ロシアンマフィアとかの写真集を作ったら、かなりインパクトがあるのではないかと夢想したのだが、実際撮影するとなると不可能だ。
それでこの『若き日本人の肖像』なのだが、日本の不良や危なっかしい人たちの集団写真がたくさん載っている。それもいろんなカテゴリーの人種がいて、暴走族を筆頭にチーマー、右翼、ヤマンバギャル、ホステス、ボクシングクラブ、祭りの人たち、矢沢永吉ファン、ドラッグクイーン等々。よくもこんなに撮影したなと感心してしまう。個人的にはデスメタラーなど過激ミュージシャン系がほとんど登場していないのを少し残念に思ったが。
ただこの写真集の主旨は単に、おっかないアウトローたちを興味本位で写したところにあるのではない。解説によると世間の常識に逆らったポーズを取った彼らが、実は同じグループのファッションに身をまとうことで、その中では識別不可能なぐらい埋没してしまうというところにあるらしい。よく彼らは「個性が大事」と言うが、結局、それは彼らがバカにする一般人に対して持つ優越感や選民意識のことを言っていて、ただそのアイデンティティーの拠りどころは、彼らが所属する集団のユニフォームだけ、というアイロニーにあるようだ。果たしてここに登場する人たちが、そうしたカメラマンの意図を知った上で本に載ることを承諾したのかが気になる。本当の個性とは何なのかを考えさせられる写真集である。
ちなみに集団の中には写真家の森山大道や俳優の永瀬正敏も写っているらしい。あとオマケでリトルモアの社員の集合写真も入っており、何人か知り合いが載っている。
動物の交尾写真を集めた子ども向け性教育本 『写真集 交尾』 (松本徳重監修 高柳美知子/子どもの未来社/2003年)
『昆虫交尾図鑑』という本がインターネット上の交尾の写真を集めて、ただトレースしたものではないかと問題になったが、実は既に昆虫だけでなく、動物全般の交尾の様子を写した写真集はずっと前に出ている。これらの写真はネイチャー・プロダクションによって撮影されたもので、監修者は性教育を教える学校の先生。カバーも芸術的で、ウケ狙いの感じや、イヤらしい感じは全くしないが興味本位で見るだけでも面白い。
中で登場する動物はアワビやヤリイカなどの魚介類をはじめ、イナゴやアゲハチョウ、カブトムシなどの昆虫、カエルや亀、蛇などの爬虫類、カワセミや雀などの鳥類、アシカやカンガルー、ウサギ、ライオン、キリン、象などのほ乳類と、子どもが興味を持ちそうな動物は人間以外、ほぼ全てと言って良いほど載っている。時折、動物の勃起状態のペニスが見えるのだが、たとえば水牛のものは何だか真っ赤っかで異様に長く、見ていて痛々しい。
構成:中央公論新社 特別編集部 吉岡宏