久しぶりに連絡がとれたその夜以来、ほぼ毎日のように真赤からの電話がかかって来ていた。それは夜遅くなってから、僕がバイトから帰って来るのを狙い澄ましたかのように着信する。そうして、長ければ一時間も二時間も話し込む。いつも向こうからかかって来るものだから、電話代を心配したこともあるけれど、気にしないでよいと言われてしまった。他のことには厳しい親だったが、金銭に関してはルーズで、いくら使っても文句一つ言われないのだそうだ。
栃木の実家での生活は、とにかく自由がない、ということで東京での生活の方がよほど快適だったと言う。食生活は多少改善されたけれども、例のあやしげな薬を全て飲むまで部屋から出て行ってくれないし、また、母親が外出などすると前触れもなく食事抜きになってしまう。
『どうせ、趣味のサークルか、宗教の集まりか、若い浮気相手のところに遊びに行ってるんだわ』
と真赤はこぼしていた。両親はそれぞれ家の外で不倫をしており、家庭のなかでそれは公然の秘密となっているらしい。
「ひどい家庭だな。それじゃあ子供の頭がおかしくなってもしかたない」
僕がからかうと、
『それって私の頭がおかしいってこと?』
と言いながら、彼女はいつまでも笑っていた。
とにかく、部屋から出られないのが辛いと彼女は繰り返し訴える。そこにはパソコンもなく、僕らの大好きなインターネットを利用することもかなわない。さらに、家庭教師はいけ好かないし、親ともまともな話が出来ない。この夜の電話だけが楽しみだと、明るく作りながら言うのである。
まったく、いやな言い方をする。そんな台詞を吐かれると、心底頼りにされているような、彼女を独占しているような、そんな気分になってしまう。
その夜も電話がかかって来て、なんとなくそれを心待ちにしていた僕は、タミさんとの雑談を切り上げた。
僕の部屋だと携帯電話の電波状況が若干悪いので、窓のある空き部屋に移動する。浪人生のT川君が入居を予定しているその六畳の和室にはまだ照明を取り付けておらず、引き戸を閉めると一瞬真っ暗になる。真赤と会話をしながらその場で目が慣れるのを待つと、やがて表の明かりが窓から差し込み、サッシの枠の影を畳の上に映しだしているのが見えるようになった。
真赤はいつもどおり、自室のベッドで毛布に潜り込んだままこちらに電話をかけているらしい。
『わかる?』
「うん。時々、布団が携帯電話に擦れるごそごそとした音が聞こえる」
『そうだよ。いまパジャマで横になってるんだ』
そして耳元でいたずらっぽく笑う声がきこえた。
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