第126回 まちがった正しさ(後編)

「だったら、グラフを見ても何もいえない?」とユーリは言った。
登場人物紹介
:数学が好きな高校生。
ユーリのいとこの中学生。のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。

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僕の家

(第125回の続き)

高校生のと、中学生のユーリはグラフについて話し合っている。 グラフを少し変えるだけで印象ががらっと違ってしまうのを、 具体的なデータで比べているところ。 社長と専務の陰謀うずまく会社を例にして……

「……だから現在の社長は、社員数が増えていることをアピールしたい」

ユーリ「でも、次期社長の座をねらう専務は逆」

「うん、そういう設定だと、同じデータなのに違うグラフが生まれてくる。グラフを使って何を主張したいかが変わるからだね」

ユーリ「変な感じ。同じデータを使っているのにね」

「これがデータとグラフ。これだと『社員数は増えてますね』という印象を与える」

社員数の折れ線グラフ
$$ \begin{array}{c|cccccccc} \text{年数} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 \\ \hline \text{人} & 100 & 117 & 126 & 133 & 135 & 136 \\ \end{array} $$

ユーリ「少しずつだけどねー。でも、まー、増えてる。そして、縦軸の目盛りをいじれば社長のグラフが作れるんでしょ? 『すごく増えてるぞ』グラフ」

社長「すごく増えてるぞ」

「縦軸に限らないよ。横軸の目盛りをいじっても印象はずいぶん変わる。たとえば、こんなグラフを作れば『ほとんど変化はありませんね』というものになるんじゃないかな」

ユーリ「専務のグラフだ!」

専務「ほとんど変化はありませんね」

「左側をちょっとカットして、$3$年目、$4$年目、$5$年目だけを描いたわけだね」

ユーリ「最後の三年間だけを考えたら、確かに変化は小さいもんなー。そっか、グラフをどう描くかだけじゃなくて、データのどこを選んでグラフを描くかも大事なんだね、お兄ちゃん」

株価のグラフ

「そうだね。グラフの左側をカットすると、データのうち最近の数値しか見ないことになる。逆に、グラフの左側をさらに延長すると、ずっと過去の数値も見ることになる。 あ、それで有名なのが株価のグラフだよ」

ユーリ「カブカ?」

「ユーリは『株』って知らない? 株の価格が株価だよ」

ユーリ「あんま知らない」

「会社は資金を集めるために『株』というものを売ることがある。株の値段が株価だよ。 人気のある会社の株はみんなが買いたがるから株価は高くなる。 人気がない会社の株の場合は、逆に株価は低くなる。株価はいつも変動している」

ユーリ「んー、よくわかんない。みんなが買いたがるって、どうやって調べるの?」

「ああ、いまは細かい話はどうでもよくて、言いたいのは、株というものがあって、 その価格はしょっちゅう変動しているということだけだよ」

ユーリ「ふんふん?」

「一般の人は、証券会社を経由して会社の株を買ったり売ったりする。たとえばユーリが、ある会社の株を$100$円のときに買って、 $150$円のときにその株を売ったとする。 そうすると、差額$150 - 100 = 50$円だけ、ユーリはもうけたことになる」

ユーリ「……たった$50$円? それ、何がおもしろいの?」

「たくさん売り買いすればもっともうかるよ。$1$株が$100$円の株を$1$万株買っておき、 $150$円になったときにぜんぶ売れば、$50$万円もうかる」

ユーリ「あ、そっか」

「株を売り買いする人は、だから株価の変化にすごく関心がある。たとえば、こんなグラフ1を見て『この会社は、株価が継続的に上がっている』と判断する人がいる」

グラフ1「株価が継続的に上がっている」?

ユーリ「判断する……って、見たとおり、確かに上がってるよね」

「ほんとうかな?」

実は、下がっていた

ユーリ「また先生トークですか。グラフの目盛りはごまかしてないし、ときどきは下がっているけど、 全体としては上がっているじゃん?」

「じゃ、同じ会社の株価のグラフをもう一つ見てみようか。グラフ2を見たらどう思う?」

グラフ2「株価は下がっている途中」?

ユーリ「え? これ、グラフ1とはぜんぜん違うグラフじゃん」

「グラフを読むときには、軸と目盛りに注意しなくちゃ」

ユーリ「そーだった……ははーん、これ日付の範囲がぜんぜん違うね。グラフ1の方は$2014$年$12$月の一ヶ月分だけじゃん」

「そうだね。そして、グラフ2の方は$2014$年の$7$月から$12$月まで、後半のようすを描いた」

グラフ1とグラフ2では、日付の範囲が違う
グラフ1


グラフ2

ユーリ「あったりまえのことだけど、範囲を変えるだけで、ぜんぜん違う変化になるね」

「そうだね。グラフ1で見えている全体は、グラフ2ではほんの一部になるから」

グラフ1を見ると継続的に上がっていると思ったけれど……


……グラフ2を見てみたらそうとも言えなかった

ユーリ「てことはさ? 『7月8月9月は安定してて、急に下がって、$12$月にちょっと上がった』というのがほんとだったんだ。株価」

「ほんとうかな?」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

hyuki 先ほどの「数学ガールの秘密ノート/やさしい統計」には何が書いてあるかというと、株価のグラフは横軸(時間)を変えると、がらりと印象が変わるよ、という話。自分の虎の子が絡むと判断を誤るけど、数学はそれを救う(可能性がある)。 https://t.co/SFkWAI5L0h 3年以上前 replyretweetfavorite

hyuki 株価に一喜一憂している人には、この対話を読んでもらいたいといつも思っています。素朴な話。 「数学ガールの秘密ノート/やさしい統計」の1シーン。 https://t.co/SFkWAI5L0h 3年以上前 replyretweetfavorite

hyuki (*'-'*) .。oO(株価を気にする人は、横軸を伸ばしてみるといいですよ。考えさせられることが多いから。というのは昨年夏の「やさしい統計」シーズンの話ですね。詳しくはこちらをご覧ください。数学は大事ですね。 https://t.co/SFkWAHOa8J 3年以上前 replyretweetfavorite

hyuki 「やさしい統計」第3章後編はこちら。【09/25 18:01まで無料 】 https://t.co/E9G3ERDBxe 3年以上前 replyretweetfavorite