電気サーカス 第36回

テレホーダイでネット接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、知り合いが主催のイベントに顔を出したり、向精神薬を入手するため病院に行ったりと気ままな毎日を送る。そんなある日、実家に戻った真赤から久々の電話が……。

 タミさんは笑みを口元に浮かべつつ、膝の上のノートパソコンの画面を眺めている。声を出さずにニヤニヤと、まったく、悪い表情をしているものだ。人を陥れるのが愉快でたまらぬといった顔じゃあないか。しかし、おそらく僕も同じような笑みを浮かべているのだろうと思うとあまり悪くも言えぬ。
 花園シャトー107号室は今日も冷え込んでいた。僕とタミさんはいつも通り、石油ファンヒーターの前で膝をくっつけるようにして毛布にくるまっている。夜が更け、寒くてたまらない。
 そんな環境のなか、僕たちは先ほどから宇見戸をからかって遊んでいたのである。特別彼に恨みがあるわけでもないし、何かされたわけでもないのだけれど、たまたま僕たちが暇をもてあましているときに、彼がうかうかとICQにサインインをしたのがいけない。
 宇見戸がタミさんに送ったものに僕が返事をする。またその反対に、僕に送ったものにタミさんが返事をするなどという悪戯をしていたのだけれど、これがどんなからかいになっているのかというと、たとえば宇見戸がこの間の『RM』の礼などをタミさん宛に送信したとしよう。まずタミさんはそのメッセージの内容を目の前にいる僕に伝える。そして僕が自分のICQから宇見戸に『え、僕はDJしてませんよ?』などと返すのだ。すると、二人で一緒に住んでいることを知らない彼は、タミさんに送ったはずのメッセージに僕から返事がきたことに驚き、『すみません! 畳沢さんに送ったつもりなんですが、間違ってミズヤグチさんに送ってしまったみたいです……』などと、あたふたとした様子で謝ってくるのである。
 これを繰り返していると、宇見戸はすっかり混乱し、わけのわからない言葉を吐きはじめたので、僕らはそれを見て笑っていた。
「でもさ、ICQのログを見ればすぐに自分が送信相手を間違っていないことなんかわかるはずなのに、この人はどうしてこんなにパニックになってるんだ? 通信障害か、僕らの共謀を疑うよりも先に、なんで自分がおかしくなったと信じてしまうのか。この人、おれ達の想像を絶するほどアホなのかなあ?」
 僕が素朴な疑問を口にすると、タミさんは少し考えてから答える。
「きっとあれだろう。普段から大麻や薬物をやりすぎてるから、まず自分の正気を疑う癖がついちゃってるんじゃない?」
「あははは、なるほど、確かにそうかも知れない。ポンコツなんだね。宇見戸さんって本当に面白い人だなあ」
 そんなことを言いつつ、自分たちより年長の、この宇見戸の人間性を楽しんでいたのだけれど、やがて彼はへとへとに疲れて返事をしなくなり、僕たちも飽きたので真相を打ち明けた。
 すると宇見戸は『人間不信になりそうです』とメッセージを残してサインアウトしてしまう。
 彼がいなくなってしまうと、僕たちは本格的にやることがなくなった。しかしまだ夜は長い。タミさんは向精神薬の錠剤を追加して、僕はフォアローゼズの瓶を部屋から取って来た。
 時々石油臭い風をはき出して停止するファンヒーターの電源をその都度入れ直しながら、あれこれと話す。タミさんは、ここに来て数ヶ月の間に、僕らは随分変わってしまったと言った。当初は、ただダラダラと暮らすのではなく、何か一緒に作ろうというような気分もあったのだと。
「だって、音楽が作れる人間も、文章が書ける人間も、プログラムが作れる人間もいるでしょう?」

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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