湿っぽい万年床の上に、昨日帰ってきた時のロングコート姿のまま、ごろり仰向けに横たわっている。天井があまりにも小さくて、改めて自分が寝起きするこの部屋の狭さを知る。
嗚呼、白い壁が圧迫感をもって僕を取り囲んでいやがるなあ。そして窓の磨り硝子には、どの季節でもどの時間でも代わり映えしない表情のない灰色の明かりが灯っている。全く殺伐とした部屋だ。万年床の足側の、開きっぱなしの押入の、上の段には衣服が畳みもせずに積み重ねられ、下の段には自作のデスクトップパソコン。枕元にはダイニングの本棚に入りきらなかった本が積み上がり、その右側の部屋の隅には姿見の鏡が立てられて、顔が映る部分だけ、埃が拭い取られている。逆の隅には安物のCDラジカセが転がり、THE HIGH-LOWSのアルバムが入れっぱなしだった。壁際には学生時代に買ったローボードが置かれ、その上には同じく当時使っていたエアコンが、工事を頼むのが面倒で設置しないまま、ホースを固定する白いテープで幾重にも巻かれた姿で転がっている。その他、雑誌だのバッグだの雑多なものが床に敷き詰められており、僕はしばらくフローリングを見ていない。そして、こんなに狭く、密閉されているにも拘わらず、ひどく寒いのである。息を吐くと室内なのに白く曇った。いやになるほど僕らしい部屋である。
気持ちが冴えないので意識を落とそうと思った僕は、近くのスーパーで購入したズブロッカで、サイレースとハルシオンを二錠ずつ飲んでいる。本来なら眠くなってくれてもいいのだけれど、世界はちっとも閉じてくれなくて、虚しい気持ちでじっと天井を見つめるほかなかった。
すると、廊下を歩くタミさんの足音が聞こえて来る。床を蹴るような乱暴な音だ。これは、タミさんがラリっている時の足音だと僕は知っている。彼は二十四時間常になにかしらの薬を飲んでいるのだけれど、一際深い酩酊にあるときはこんな風に歩く。今日は出かけていたんじゃなかったのかな? それとも部屋でずっと寝ていたのかもしれない。タミさんは一度眠りにつくと、そのまま丸一日起きて来ないこともある。羨ましいことだ。
彼はそのままトイレに入り、排尿し、そして部屋へ戻っていった。家のなかはあまりにも静かで、僕の部屋はトイレの目の前だから、すべてはっきりと聞こえてしまう。思えばここにはプライバシーというものが存在しないし、案外僕らはそれを気にしないものだな。ここに来るまで僕は自分のことをもうちょっと神経質な人間だと思っていた。
それにしても、何にもしたくない。指一本動かしたくない。もう、アルバイトもやめてやろうか。慣れた職場につらいことは何一つないけれど、毎日毎日同じことの繰り返しで、最近退屈を感じ始めている。それに、金をほとんど遣わない僕は、少し貯金が出来て来て、それも労働意欲を奪っている。
このアパートは良くないな。皆で光熱費やら家賃やらを折半しているため、とても安く暮らしてゆける。そして、このシェアルーム生活がはじまった当初から入居が予定されており、物件探しにも立ちあったT川君がそろそろ入居するらしいから、もっと安くなる。お互い気を遣わないし、暇があれば気楽に会話やゲームなどをして時間をつぶせるし、何もかもがあまりにもだらけきっている。だから一層怠惰になる、というのは言い訳だろうか。
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