品田遊 後編「価値判断の基準がほんとうによくわからないというか、ほぼない。」

twitterで不思議なことをつぶやき続け、大喜利にでれば並み居る強豪を押しのけ優勝。謎の男、“ダ・ヴィンチ・恐山”が、“品田遊”名義で『止まりだしたら走らない』を上梓しました。
おびただしい他人が一同に会する中央線の車内で繰り広げられる群像劇。その人間模様をすくい取る品田さんの視線はどこに向けられているのでしょうか。

通勤途上のような、日常の何気ない一場面を切り取って各短編はできていますが、どんな場面を切り取っても一編の小説になるわけではないですよね。ネタになるシーンは、いったいどうやって集めているのですか。

 一冊にして並ぶと、どれも取るに足らない場面ばかりという感じもしますが、自分のなかではわりと人生において重要なことばかりのつもりで。一般的には、どうでもいいことばかりというのは、もちろんわかっていますけれど。 「逡巡」のなかに、電車のなかでところてんを食べる人が出てきます。これは実際、過去に目にして衝撃を受けたシーンです。高校時代の部活の後輩なんですけど、電車でおもむろにところてんを取り出し、酢をかけはじめた。こんなヤツがいるのかとびっくりした。他の人からしたら、ちょっとした驚きと面白ネタなんでしょうけど、わたしのなかでは何年にもわたって尾を引いてしまうほどの出来事でした。それで小説の素になった。

 もともと、電車で食べていいものといけないものの線引きってどこだろうというのが、気になってはいたんです。それを考えていたら、想定していた線引きからはるかにかけ離れた、ところてんを食べる人などという存在が眼のまえに現れた。わたしのなかのK点を軽く超えています、ところてんなんて。以来、電車内での飲食のことを考えるとき、もうところてんを抜きには考えられなくなってしまいました。

 まあ、基準の問題ですよね。みんながものごとを判断するときの基準ってなんだろうと、よくおもいます。「人を殺していけない」という基準はだいたい統一されているけれど、そうじゃないところではけっこう人によって基準がバラバラなんじゃないか。小説を書くとき、人の基準について考えていくというのは、おもしろいきっかけになるだろうとおもっています。

品田さんの「基準」は、どうやら人とのズレがかなり大きい。そこから小説の素が続々と出てくるのでしょうね。

 ズレはできれば改善したいのですが。ちゃんとしているほうが楽そうですし。でも、ものごとの価値判断の基準というものは、ほんとうによくわからない。というか、基準なんて、ほぼないんですよね。だから、自分の書いたものがいちばんおもしろいという小説家もいるでしょうけれど、わたしはとてもそんなこと言えない。基準に自信がないというか、自分の基準がどんなものかさっぱりわからない。

 投げやりに聞こえるかもしれませんが、どちらかといえばわたしは、自分の価値は他人が決めるものだともおもっています。なので、この本の評価も、アマゾンレビューの星の数そのままをきっと信じてしまう。または、売り上げそのものが評価だと考えるしかない。もともとの自分への評価というのが、自分のなかにはないのですからしょうがない。

 うまく書けたかどうか、いい出来なのかどうかも、基準がわからないからいまだにわからないんですよね。脳をちょっと手術されたら、自分の意見なんて変わってしまうはずですよね。それなのに、なぜ自分の意見というものを、人はそんなに大事とおもうのか。こだわりみたいなものって、ちょっと不思議におもえてしまいます。

ものを見る基準から疑い考えながら書いていくのはたいへんそうですね。でも、すべて手探りで確認しながら一歩ずつ進むからこそ、品田さんの小説は題材の選択もその展開も、ほかの何にも似ていないものになるのでしょう。

 だといいですけれど。自分のなかの基準がわかっていないのと同じように、小説ってなんで成立するのか。そこも根本的にわかっていなかったりしますからね。そのあたりも疑いつつ書いたところがあります。だって、小説ってそもそも字の集積じゃないですか。ただの字の羅列を、なぜみんなあたかも現実にあるものとして認識するんだろうとおもう。

たしかに、小説の冒頭で「ぼくは川べりを歩いていた」と書けば、その情景を人はいちおう受け入れて思い描く。考えてみれば不思議な作用です。

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山内宏泰

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コメント

yomo2_hirasaka 確かに。電車の中って自分の基準とはぜんぜん違う人種がたくさんいるよね。 約2年前 replyretweetfavorite

reading_photo 【News更新】cakes連載「文學者の肖像」、更新しております。 約2年前 replyretweetfavorite

bear_yoshi わかるー。わかるー。「自分のなかの基準がわかっていないのと同じように、小説ってなんで成立するのか。そこも根本的にわかっていなかったりしますからね。」 /  約2年前 replyretweetfavorite