向精神薬濫用者にとって、処方箋というのはいわば通知表である。自分の望みの薬を望みの分量得るために、いかに適切に医者を誘導できたか、その結果がそこに明らかにされるのだ。
もし、レクリエーションに使えもしないつまらぬ効果の薬ばかりをずらずらと並べられたならば、手間も診察料も無駄になってしまう。今回僕が欲しいのは飲めば気持ちのふわふわとする抗不安剤のたぐいで、それ以外の、たとえば三環系抗うつ剤などはいらない。あの系統の薬は、一度もらって飲んだことがあるが、僕の体質には副作用ばかり強くてとても楽しめたものではなかった。初めて手にする処方箋であるし、全部が当たりであることまでは望まないが、一つ二つは使える薬があって欲しい。
「水屋口さん」
そわそわして待っていると、受付の女が僕の名前を呼んだ。
説明の終わりを待つのももどかしく、カウンターの上に置かれた処方箋の、明朝体で印刷された薬品の名前を一つずつ確認すると、あっ、期待した通りの薬が処方されているじゃないか。
ハルシオン0.125mg。金色のアルミ包装をされていることから『金ハル』と通称されている薬品だ。イギリスでこれを服用した患者が殺人事件を起こしたなどと、悪名としての知名度ばかりが異様に高い薬である。一般的に知られているのはこの倍量の0.125mgの方で、銀色の包装と錠剤の鮮やかな青色が有名な通称『銀ハル』であるけれど、成分は変わらない。そしてもう一つ。その下にサイレースと書いてあるのは、確かロヒプノールのゾロだっけ? 厳密には違ったのだっけ。同じ成分なのは確かだとは思うが、まあいい。とにかくこれは知名度はハルシオンほどではないけれど、それと同じような効果がハルシオンより長く続く、タミさん一押しの薬である。他に二種類ほど処方されているが、そちらの名前は聞いたことがない。家に帰ってから調べなくては。いずれにしろ、四種のうち二つが当たりなら、及第点だ。
早速近くの調剤薬局でその処方箋を薬に換えて貰いに行くと、おりしも風邪の流行る季節である。入ってすぐのスペースに用意された長椅子一杯に、マスクをした病人たちが腰掛けている。彼らは弱った身体で抗生物質やら解熱剤やらを受け取るために順番を待っているシリアスな人たちだ。一方僕は至って健康で、自分の娯楽のために使う向精神薬を受け取るためにここに来たふざけた人間である。しかし僕は臆面もなく受付に処方箋を渡し、彼らに混じって自分の薬を待った。
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