コドク共有

仲良しの孤独 [ACT 5-3]

こずえを怒らせてしまったのは、義人にとってショックだった。だがその一方で、こずえの言い分に納得できないでいる自分にも気づいていた。以前なら、とっくに閉じこもってしまうところだった。だがアニメの仕事は、それを許してくれない。そんなとき、ふいに大石から電話が鳴った......

 しばらくすると、割り切れない気分になった。

 自傷の跡を見せた美島こずえが、時間が経つにつれ、オレの中でわだかまりを作っていった。ほら、わたしだって色々抱えてるんですから。辛いことあったんだもん。でもそれは、自分の肉体を傷つけてただ自分が生きてるっていうことを確かめたかっただけじゃなかったか。もっと嫌らしく勘ぐってみれば、ネットでさんざん見かけるこの種類のつぶやきが、知らず知らずに自分のオリジナルの着想のように勘違いしちゃった可能性だってある。簡単だよ、ナイフで傷つけるだけ。血ぃ見るとさ、癒されるよ。みんなそうしてるんだから。だとすると、ネットで中傷されやさぐれた美島こずえもまた、無責任な情報の中で暮らすネットの住人と変わらないことになる。

 中学二年のあの夏の日、すくなくともオレは、周囲の根も葉もない情報を信じないと決めた。そうしないと、親父の自殺が傷つくことになると思ったのだ。


 自殺は遺伝するらしいよ。知ってた?

 中学生がまだネットなんかしない時代から、そんな根拠のない話が校内に出回っていた。オレは密かに自殺遺児だと知られていたので、その情報は、たぶん直接もたらされたものではなかったかも知れない。だがそれでも、すぐ隣に座る子から、昨日見たテレビの話をされるのと同じ部類で報らされた気がする。ねぇねぇ、自殺は遺伝するらしいよ。げぇ、知らねぇーの? みたいに。

 それから一日中、その遺伝子がいつオレの体の中で活動を開始してしまうのか、気になるようになった。例えばそれが、オレが今動いて欲しくないっていう時に、運悪く突然動き出してしまったとしたら、取り返しもつかないと思ったのだ。それにもしかしたら親父はその遺伝子の保有者だというのを知りながら、うっかり忘れていたものだからあんなふうに突然の死を迎えてしまったのかも知れない。あれこれ思い巡らし、ならば自分から死ぬほうが道理に合っている、と中二のオレのアタマは行き着いたのだ。

 だが当然のことながら、オレのこの試みは失敗に終わっている。

 オレが枕木と並行に寝て列車を待ったのは、下校途中の山の中だった。そこに一日八回往復する列車の線路があった。オレに気づいた列車は狂ったように警笛を鳴らし、鉄と鉄を擦りあわせた鋭い音が全身を貫いた。直後、オレは断続的に意識を失いまた取り戻すを繰り返すことになった。—赤く焼けた空で騒ぐカラスたち。暗転フェイドアウト。枕木の下の砂利たちが、スローモーションで宙に浮かび上がっていく。暗転。そんな、映像のフラッシュバックを見るように。そして轟音がオレの全身を包み込み、列車が隣の線路に雪崩れ込んだのを見たのを最後に、本格的に意識を失った。ドジなことに、運命を預ける線路(単線じゃなかった)を間違えたのだ。


 自殺が遺伝するわけないじゃん。

 オレは、太陽クラブの祐介にいまだにそう言ってあげられないでいる。それは、オレが自殺という行為の輪郭をまだきちんと自分の中で捕らえることができないでいるからだ。だが遺伝子が勝手に動き出す前に決着を付けようと言う発想は、あの日以来封印した。校内の噂に踊らされた末の自殺と、親父の自殺とを絶対に一緒くたにしたくないと思ったのだ。

 ビルの屋上で死ぬぞ死ぬぞと騒ぎ立て、周囲にさんざん気を揉ませてようやく自殺できる人がいる。通勤ラッシュの時間を見計らって電車に飛び込む人がいる。そんなことをしてまで自分の存在を世間に知らしめたいなら、それは自殺なんかじゃない。何かの自己表現のための、パフォーマンスに過ぎない気がする。久々にテレビに登場し男泣きを披露した恥知らずと同じで。美島こずえの過去に何があったのか、オレは知らない。だがその悲しみの跡を人に見せつけて、解決してしまうような痛みなら、やがてはすっかり消えてしまう瘡蓋かさぶたにしか思えない。サークルの掲示板じゃあるまいし、はい、コドク・・・共有しましたぁ、なんていう仲良しの孤独があるわけないのだ。

 命綱が切れて突然宇宙空間に放り出されたように、世間というスペースシャトルがたちまち遠ざかっていく。音もなく、呼び止める声もなく、そして船に引き戻すなんの抗力を受けることもなく。いつもこんなふうにオレは、寒々と暗黒の殻に閉じこもっていく。

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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コメント

kyo_shinozaki ずしっとくる重みが凄い。更新が毎回楽しみ 3年以上前 replyretweetfavorite

corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の 『コドク共有』第22回「仲良しの孤独」が更新。 孤独をほどく、大石さんのやさしさが、義人に流れ込んだ。 ▶http://t.co/eEERKfsfLw http://t.co/Jq50yejRiJ 3年以上前 replyretweetfavorite