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普通です。わたしは。[ACT5-2]

美島こずえは、窮地に立たされていた。ブログに書いたひと言が、意に反して誤解を生んでしまったのだ。義人はそんなこずえを救おうと公園に呼び出すが、義人がよかれと思って投げた言葉が、今度はこずえの古傷に触れてしまうのだった......

 美島こずえは、かなり不機嫌だった。

「わたし、謝罪しなくちゃならないようなこと、言ってないと思うんです」

 待ち合わせた公園のベンチに座るなり、彼女はそう言って口を噤み、投げ出した靴の先を睨んだ。なんだか上品な育ちの人が、身に降り掛かった状況で仕方なくやさぐれて見せている、そんな感じだった。たしかこんな女優の演技を、何かの映画で見たことがある。もちろん美島こずえは、今演技どころではないのだけれど。

 昨日、アフレコは美島こずえ抜きで済ませた。彼女が自分から釈明するまで、とりあえずネット対策のための免罪符としたのだ。シュオンのセリフは、後日別録りすることになった。

「ブログ、閉じたそうっすね。昨日、小西さんから訊きました」

 美島こずえは黙ったままだった。

 公園の隅には小さな滝が作られていて、水たまりが子供たちの恰好の遊び場になっていた。就学前の子たちが歓声を上げ、その回りでママ友たちがスマホを操りながら話し込んでいた。今日のランチ、どこにする。どうしても人は、群れて身内意識を持つのが好きなのだ。群れることとつま弾きにされるのは、同じ集合体のことなのに。そんなことをぼうっと考えている間、美島こずえは何も言わなかった。そしてオレの投げかけた言葉が一度公園の回りを巡ってやっと届いたというように、あらためて顔を向けた。

「アフレコ、行ったんですか?」

「担当じゃなかったんすけど。プロデューサーが、お前も顔出せって。最近、親会社の担当相手の担当をさせられてるっていうか・・」

「何それ」

 困ったような、でもやはりやさぐれてる感じの笑み。この人が素をさらけ出しているようで、すこし驚き、だが嬉しがってる自分に気づいていた。

 アフレコには、美島こずえのマネージャー、小西良太郎が来ていた。社長と一緒にあちこち回っては頭を下げ、鎮火に努めているという。もうあの子、バカがつく不器用だから。ちょっと頭下げてくれりゃぁ、ここまで大きくならなかったんですよぉ。

 彼女とは昨日の晩、ようやくメールのやり取りができた。

 わたしは大丈夫です、というSMSをもらってから音信が途絶えていた。自分だけ別録りすることになったのを知って、やはり相当ショックだったのだ。以前、食事のあとに立ち寄った公園で会いませんかと誘うと、彼女はすぐに了解ですと返してきた。だがそのすぐ後で、追加のメールがきた。何かわたしを説得しなくちゃと思ってるようなら、お断りします。オレはそれに対し、あえて返信しなかった。最近、聴こえないふりをするのを覚えた。

「シナリオの進み具合、どうですか?」

 彼女のほうから、訊いてきた。オレに彼女の気を引く話があるとしたら、シュオンが今後どうなっていくか、それを伝えるしかないと思っていたのだ。

「最終話に向けて、大いに揉めてます」

「ウソばっかし」

「ウソじゃないっすよぉ」

「わたしが、シュオンのこと気になってしょうがないこと、柏原さん、よーく知ってるから」

「だからって、それを餌にして、謝罪したほうがいいっすよなんて言ったりしません」

「ウソ。そういう作戦だったでしょ」

「はい」

 率直に白状するしかない。彼女は一瞬呆れたように口を半開きにしたが、すぐにまた不機嫌そうに水遊びする子供たちに目を移した。やはり、こんなやさぐれた感じが魅力的なシーンを見たことがある。

「『普通じゃない』だ」

 思わず、口走っていた。美島こずえが、「はぁ?」と顔をしかめる。「普通です、わたしは。変に誤解する、僻み根性の人のほうがどうかしてるわ」

「そうじゃなくって。『普通じゃない』。キャメロン・ディアスとユアン・マクレガーのラブコメ」

「変なタイトル」

 ますます攻撃的だ。

「超金持ちの娘、キャメロン・ディアスが貧乏な自称小説家のユアン・マクレガーに誘拐されるんですよ。身代金目当てで。その時の、キャメロン・ディアスに似ています」

「誰が?」

 オレが顎の先をくいっと上げて彼女を差すと、美島こずえは映画の中のキャメロン・ディアスのように鼻を上げた。「ありがと」そして、すこし捲れた長ティーの袖口を直した。

 気の弱いユアン・マクレガーは、キャメロン・ディアスを山小屋に連れ込み、椅子に座らせ手足を縛り、大人しくすれば危害を加えないと穏やかに言う。するとキャメロン・ディアスは、平然と言うのだ。「経験済みだから、大丈夫よ」

「経験済み?」

「彼女は、十二歳の時にも同じように攫われたことがある、って告白するんですよ。で、ユアン・マクレガーは急に彼女の身の上が気の毒になってしまう。なんだって? 十二歳?」

「それから?」

「で、恐る恐る、その時、犯人はキミに何をしたんだ、って訊ねるんです」

 美島こずえが、すこし緊張して「うん」と漏らす。

「キャメロン・ディアスは、椅子に縛られたまま、彼のことをしっかりと見据えて、こう言うんだ。犯人は注射器でわたしの血を採り、それをパパに送りつけたの。毎週毎週、パパがお金を払うまで。六週もの間、って」

 美島こずえの体の奥で、神経の一部がぴくんと収縮したのが分かった。

「父親がビジネス最優先の男で、彼女、愛情に餓えた育ち方をしてるんですよ。で、人のいい誘拐犯に心の奥に抱えた澱みたいなものをさらりと告げて、でも表面的にはすこしも弱みを見せず、毅然と自分自身を保っている。あのシーンのキャメロン・ディアスと、重なって見えます。・・・作戦、失敗」

「え?」

「オレが、あなたに言うことなんて、ないんだ」

 だが結果的に、オレのこのお気に入りのシーンの解説が、美島こずえを怒らせることになった。

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寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の 『コドク共有』第21回「普通です。わたしは。」が更新。 こずえは、義人を責めるかのように、自分の"コドク"を見せた... ▶http://t.co/iE9UxdSUK7 http://t.co/u0sS7trGO6 3年以上前 replyretweetfavorite