コドク共有

悲しみ』の、共有。[ACT5-1]

東京アニメで昼夜の区別なく過ごすうち、義人は自分なりの居場所を実感できるようになった。だが時おり、周囲の者たちにとってはごく普通の感覚にどうしても馴染めないことがある。そして美島こずえもまた、周りに溶け込めない自身を持て余していた。そんなこずえが、義人の助言を受けてはじめたブログが、思いがけず大きな騒ぎを呼び起こすことになった......

 こいつマジかよ? 心の中で毒づいた。

 さっきからテレビでは、見覚えのあるマッチョな男のいわゆる男泣きっていうのを延々と流している。嗚咽を堪えるクローズアップに、『この後、衝撃の真実が語られる!』とキャプションが踊り、健康ドリンクのCMに切り替わった。この後、男とスタジオにいるタレントたちは、幼いころ彼を虐待し捨てた母親と彼が三十年ぶりに再会するVTRを見ることになる。うんざりを通り越し、吐きそうな気分になってリモコンを取った。だが弁当をかき込んでいた監督が、オレに箸の先を向けた。目に、もらい泣きの涙を溜めている。

「柏原ぁ。ここでCM入れたディレクターの気持ち、踏みにじるわけにいかんだろ」

 この人は、みんなで夜食を食いながらバラエティを見るのが何よりも好きなのだ。諦めてお茶でも煎れようと立ち上がると、テレビに釘付けの面々が手を上げた。お茶、俺もね。

 制作室の奥の流しでお湯が沸くのを待っていると、CMが終わってまた番組が始まった。司会者がもらい泣きしているゲストたちのコメントを拾い、悲惨な過去を披露した元レスラーに、さぁいざお母さんに会おうという日はどんなことを考えましたかと、VTRへの期待感を煽る。

 正直、人間、許すことってできるものなんだなって。

 男が声を詰まらせる。司会者が、まるで男に同情している全世界の善良な人々を代弁するように「では、VTRをご覧ください」と厳かに告げる。葬儀屋の、MCみたいだった。

 —限界。オレは沸騰するお湯を止め、裏口から外に抜け出した。

 夕方まで降っていた雨は、すこし前に止んでいた。風がなく行き場のない水蒸気が大気を埋め尽くし、気味悪くべたべたと纏わりついてくる。もらい泣きの、いくつもの目のように。

 急に、心が惨めに萎んだ。東京アニメに来て、すこしは自分の居場所が見つけられた気になっていたが、こんなふうにふとしたことで仲間といることが耐えられなくなる。どうしてあの元レスラーは、スタジオを出ればさっさと彼の悲劇など忘れてしまう連中を前に、おいおい泣くことができるんだろう。涙と涙の間に、笑顔のアイドルがおいしそうに健康ドリンクを飲み干すCMを挿入されても、三十年も抱えた悲しみはきっと人と共有できると信じているんだろうか。オレには、まったく分からない。

 分からないからきっと、先週、お袋をあんなに泣かせてしまったのだ。まるで、お袋の人生を全否定してしまったみたいに。


 休みが取れたので二日だけ帰るよってメールすると、お袋が弾んだ声で電話をかけてきた。親父の法事をしようと思い立ったのだという。

「法事って。親父の遺骨、墓に入ってないじゃん」

 その真実を知るのは、オレとお袋だけだった。

「いいのよ、形だけやれば。田舎だからね、身内からもあれこれ言われるんだよ。二代続けて議員までやった柏原家が、ってさ」

 二年ぶりに帰った田舎は、そうっと這い出しそうっと抜け出した万年床のように、変わらぬマヌケな姿で待っていた。誰が誰かも忘れちゃった親戚の大人たちは、空っぽの墓に型通り線香を手向けると、いそいそと酒席に急いだ。もうそんなになるかな。年月が経つのは早いね。それは「まぁ一杯、お注ぎしましょう」と同意語で、お経を唱えた坊さんが「これも供養ですから」と勝手な解釈でカラオケを始める頃には、オレとお袋は誰の目にも留まらない存在となっていた。

 無性に腹が立った。親父を肴にして酔っぱらう田舎者たちに。こんな奴らに酒を呑ませて親父が喜ぶと思ったお袋に。よせばいいのに、「身内身内って、ただの酔っぱらいじゃん」とお袋を責めた。だがお袋は、それを聴き止めた素振りを見せず、笑顔でお酌して回った。本当は、こんな身内に頼らなくては生きていけないお袋になんの手助けもしてやれない自分に一番腹を立てていた。

 その晩、ふたりだけになるとお袋が泣いた。ただひたすら泣くだけで、すこしもオレを責めなかった。それが、堪えた。


 いつの間にか、近くのコンビニまで歩いていた。

 国道からすこし脇道に入ったこの店は、夜中になると行き場のない近所の高校生か東京アニメの居残りスタッフの溜まり場になる。その侘しさ加減が田舎の町を連想させて、駐車場の地面のPマークが、まるで田舎までテレポートできちゃう魔法陣に見えてくる。オレが時空を超えていく代わりに、お袋にメールを打つことにして車止めに腰をおろした。

 なんの文章も浮かばなかった。法事の翌朝、前の晩から一変して、よく食べ、よく話したお袋に、ほとんど相づちしか打てなかったのと同じで、一週間経ってもお袋にかけてあげられる言葉が湧いて来なかった。

 会社には、まだ戻る気になれなかった。スマホをいじっていると、指が自然に美島こずえを引き当てていた。今夜はファンサービスの一環で、『ARMANOID』のイベントに出ているはずだった。

 彼女とは結局「お礼したい」という気持ちに負けて、食事をご馳走になった。それで今度はお返しです、ってオレが誘った。日本人って、お返し好きですよね。お中元だとかお歳暮だとか。五千円のお品もらったから同額のモン返さなくちゃとか。お返しっていうか、もうそれって仕返しみたい。調子こいてそう言ったら、美島こずえに受けた。そして今度、一緒に映画見に行きましょうよと誘われた。柏原さん映画詳しいから、解説してくださいね。

 その誘いに、オレは例の、お得意の卑屈な笑みを返しただけだった。

 映画は、人と見たくない。自意識過剰のオレは、自分自身の世界に浸る無防備なオレを誰の目にも晒したくないのだ。全国ネットで、泣き面を披露するまでもなく。その時オレの意味不明の笑みに、美島こずえは鼻で笑い返した。嫌な感じではなかった。むしろ気高く咲く何かの花のように、近寄りがたいほどだった。たぶん、あの澄んだ瞳は面倒くさいオレを見つけたのだ。

 駐車場に大型のバイクが滑り込んで来る。爆音を立ててオレの前を通り過ぎ、マフラーに溜まった排ガスをすべて出し切ろうと大きく空噴かしをしてエンジンを切った。

 急に、投網でもされたように静寂が降りた。美島こずえの声が聴きたかった。だらだらとただ繋がっていたかった。だがオレは、用もないのに誰かに電話してしまったことがない。どうでもいいことをツイートして、お友だちが増えると思ったこともない。自分で自分を持て余すオレが、みんなの中で思いっきり浮いてしまうのはムリもないのだ。

 ところがこの時、美島こずえの身にも周囲から浮いてしまう事態が起きていた。舞台にあがった彼女が、客席のファンたちから罵声を浴びせられたのだ。お前にシュオンの役をやる資格はない、降りろ、降ろせと。

 美島こずえを降ろせといった騒ぎになったのは、彼女がブログに書いたつぶやきが原因だった。

 シュオンは、差別されまくってるけど。でもめげないでしょ。そのへん、好きだなって。

 それが、世の中で差別されてる(と思ってる)人たちにとって、差別発言ということになったらしい。めげて悪いか! モテ女に分かるか。これ以上、どう戦えってんだよ! そして、こんなヤツにシュオンやらせるなとまでエスカレートしたのだ。

 じつはオレは、お返し・・・で彼女を食事に誘ったとき、こんな相談を受けていた。

「事務所の社長が、ブログ、どうしても始めろって言うんですよぉ」

 今日食べたランチだよぉだの、誰々さんと会いましたぁだの。アップロードする人の気持ちも分からないけど、それを懲りずに毎回見に来る人はもっと分からない。彼女もまた、大して所縁もない人の身の上話を聴いて、もらい泣きしている自分を想像できないタイプのようだった。だが話の途中で、はたと気づいたように口をつぐむ。「あ、ひょっとして柏原さん、やってました?」

 オレは咄嗟とっさに何かウケることを言い返そうと思ったが、思いがけずオレと同じようなことを感じている人がいることを知って、本音が口をついた。

「いや。なんだか信用できなくて。やればやるほど、カナシクなる気がして」

 彼女は一瞬言葉を呑んだが、すぐに笑みを返した。

「わたしたち、世間からずれまくりですね。ずれた者同士が、ここで吠えてても仕方ないか」

 それでオレは、『ARMANOID』のことで書いてみたらどうですかと提案した。それなら宣伝用のストーリーボードだとか、公開してもいいキャラ表だとか、そういうのを提供できると思うと。それで美島こずえはなるほどぉと呟くと、安心したように残りの料理を口に運んで言ったのだ。

「お返しのお返し、させてもらわなくっちゃね」

 美島こずえが降ろされるようなことになったら、その責任の一端はオレにもあるのだ。

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コドク共有

寺田憲史

「ねぇ、自殺って遺伝するの?」アニメ会社で働く柏原義人は、父親を自殺で亡くした少年・祐介にそう聞かれ、言葉につまる。それは、義人も同じように父を自殺で亡くしていたからであった… 誰もが持っているコドク。そのコドクはどこかで、誰かとつ...もっと読む

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corkagency ファイナルファンタジー1~3のシナリオを手がけた寺田憲史の 『コドク共有』第20回「悲しみの、共有」が更新。 世間と距離を感じる義人たち。 「コドク」という埋まらない溝がそこにあった。 ▶http://t.co/kVRgAct0VE http://t.co/JxUu7TUsqN 4年以上前 replyretweetfavorite