二日酔いで休みをとった東條の客先から突然、大切な話があると言われ、休みの原因を知っていた上杉は東條に急いで客先に向かうように連絡した。
そして6時間後、午後3時。
「お疲れ様〜」
スタバの紙袋を右手にぶら下げ現れたのは東條和也だった。
「東條さん、体調は大丈夫ですか?」
今朝、体調不良で休むと連絡してきた東條に、美沙は開口一番そう訊ねた。
「あぁ、大丈夫。上杉に相田機械から連絡があったって聞いたから、こりゃ行かなきゃマズイと思って、相田機械に行ってきたよ」
「なんだか大切な話があると電話でおっしゃっていましたが……」
「そう! めちゃめちゃ大切な話だった! 装置3台受注しました〜!」
「えっ!? さ、さんだいもですか?」
「おうよ」
東條の表情はどうしても抑えきれないといわんばかりに、目も口元も緩みきっていた。
「訪問件数、訪問件数ってアイツがうるさかったから、一番ちかい相田機械にはかなり通ってたんだよね。そしたらさ、コンペなしにDNSでお願いしたいってさ」
「わ〜すごい! おめでとうございます!!! これでかなり予算に近づきましたね。東條さんのおかげです」
「いやぁ」
客先に頻繁に足を運んでいても、装置が売れない限りそれは、何の意味もなさない。しかし、売れてしまえば、それまでの努力は一気に営業マンとしての評価へとつながってくる。売れるのと売れないでは天と地も開きがあるのだ。しかし、足繁く通わなければ今回の結果は出なかっただろう。
行動すれば、結果がでる。
美沙はあらためてそう思った。
「浅井さん、いつも飲んでるホワイトモカ買ってきたからハイ」
美沙がスタバで購入するのは、9割がたホワイトモカだ。でもなぜ東條が知っていたのだろうか? 特に公言した覚えはない。
「よく私の好みわかりましたね?」
「あぁ、昔草加が言ってたんだよね。浅井さん、ホワイトチョコ好きで、スタバはいっつもホワイトモカだって」
草加壮太、営業最年少のゆとり世代。隣の席である彼にはそんなことを話したことがあったのかもしれない。
「どちらにしても、覚えていてくれて嬉しいです。ありがとうございます」
「浅井さんが笑顔になれば職場も明るくなるからね」
女性キラーの東條は慣れた口調でそういうと、自席へと戻っていった。たしかに顔はアイドル顔で他部署の女子にも人気のある東條だが、どうにもその甘ったるい笑顔が不誠実の看板を掲げているようで美沙は彼が苦手だった。しかし、今日はそんな言葉も素直に受け止められる。営業部員の成績によって態度を変える自分もどうかと思うが。
しかし、営業部に結果がではじめたのだ。
ホワイトモカを一口飲むと自然と顔がほころび、ほっと息をついた。
そのとき、反対に「はぁ」という大きなため息とともにオフィスに戻ってきたのは上杉恵介だった。
「あっ、上杉さんお帰りなさい」
「あぁ」
あからさまに機嫌が悪そうだ。いつも陽気で、感情の起伏の激しい東條や村中の中和剤であるはずの上杉にしては珍しい。
何か話しかけようか……しかし何があったんだろう。
「上杉おかえり〜」暢気に声をかけたのは、喫煙ルームから戻ってきた東條だ。
「お前のおかげでオレ装置3台も受注しちゃった! まじ連絡くれてサンキューな!」どこまでも軽いタッチで東條がいう。
「あぁ」
「つれないなぁ。もう少し喜んでくれてもいいだろ」
「あ、おめでとう」
上杉さん、本当にどうしちゃったんだろう……。