電気サーカス 第33回

 高速回線も常時接続も普及しておらず、テレホーダイでネット接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”はサイトで知り合った宇見戸が主催のイベントに顔を出す。が、会話や踊りの輪に入ることができず気まずいまま帰路に就くことに。

 最近僕も暇つぶしに向精神薬を飲むようになったのだけれど、いつもいつもタミさんから錠剤を分けて貰っているばかりで申し訳がないし、不便である。そろそろ自分で病院から調達し、思う存分濫用をしたくなってきた。
 しかし僕は多少不眠の気があるのと多少怠け者であるだけで、別段日常生活に支障来すほどの症状はない。頭はおかしいかもしらんが、治療が必要とは思っていない。だから、薬を調達するには詐病を用いて医者を騙すほかないのだけれど、それは余りにも反社会的に過ぎる。僕はけして育ちが良いわけでもないし、道徳心が特別強いわけでもないが、これまで万引きだのといった行為は、少年時代に仲間に誘われたりしても、実行したことがなかった。ただ、今の僕は一家も離散し、学校も辞め、将来の宛もないその日暮らしの落伍者である。そういった行為に手を染めてゆくのも必要なことではないだろうか? それに、自分にもそうした行為が実行可能なのか興味があった。ので、どこかにいい病院はないだろうか? というようなことをタミさんに尋ねてみたところ、駅のすぐ近くに、心療内科を扱うクリニックがあると教えてくれた。
 そして僕は、バイトが休みの日にさっそくやって来たというわけである。
 ビルの三階まで階段を上りドアを開けると、アイボリーの柔らかい色の壁紙に、渋い色合いの材木で出来たカウンターなどがある、落ち着いた雰囲気の受付が僕を出迎えた。足を踏み入れると、ゆったりとしたインストゥルメンタルがかかっている。僕は普段からあまり病院を使わない人間で、子供の時に風邪で何度か小児科に連れて行かれた以外は見舞いでしか訪れたことがない。さらに、精神を扱う病院となれば、これが初めてである。しかも、今日の僕は治療のためでもなく、レクリエーショナルに濫用すための薬をちょろまかそうという、後ろめたい目的で来たのである。人から『世の中をなめている』と罵倒されがちな僕でも、どうしたって緊張してしまう。
「あの、診察を受けたいんですが」
 座っている中年女に向かって固くなってしまった声でそう言うと、急に寒いところから温かいところに入ったせいで鼻水がこぼれそうになり、それをすすり上げた。
「初診ですか?」
 愛想の悪い中年女は、眼鏡越しの上目遣いで僕を見ながらそう言った。
「はいそうです」
「保険証をお持ちですか?」
 僕は財布のなかからそれを取り出して渡すと、女は白い紙の挟まれたクリップボードとボールペンをカウンターの上に置き、この問診票の空欄を埋めるよう言った。
「そこの長椅子を使ってください」
 ぴしゃりと言うその女の口調は冷たい。カラオケ店のアルバイトという端くれではあるが接客業に従事している僕からすると、どうにもその無愛想が気になってしまう。いくら小綺麗な内装にしたところで、こんな女を雇ったら台無しだと思うのだけれどなあ。僕は本物の病人ではないからいいけれど、引け目を感じつつ訪れた病人の繊細な心を傷つけてしまうのではないだろうか。それとも僕が気にしすぎているだけで、実際はこんなものなのかしらん。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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