村上龍「“希望が必要”な状態に追い込まれた時代」

日本を変えようと立ち上がった後期高齢者たちが、テロによって日本をリセットしようとする『オールド・テロリスト』。こうした作品が生まれた背景には、糾すべき日本社会の姿があるのかもしれません。戦後の復興、高度成長期、バブル経済と経た日本は今、本当の意味で豊かであると言えるのか? 村上龍さん独特の視点から、あらためて現代日本を見なおしてみました。

村上龍がいま輝いている3つの理由

4年ぶり弩級の長編小説!
1976年のデビュー以来、数々の話題作を発表。今回の『オールド・テロリスト』は、世界への怒りが丹念に貫かれた4年ぶりの長編小説です。

時代を切り取る鋭利な洞察力!
『半島を出よ』『55歳からのハローライフ』をはじめ、世相を鋭く抉る作風は独特。その鋭利さは時代が変わっても他の追随を許しません。

過去作も再ヒット中!
テレビ番組の影響から、『コインロッカー・ベイビーズ』(1980)が再びブームに。未だに版を重ね続ける作品が多く、時を越えて読み継がれる「情報」が詰まっています。

未来への希望が持てなくなった現代社会

— 高齢者は古き良き時代を礼賛し、若者は現代を生きる。これはある意味、普遍的な構図だと思います。新作『オールド・テロリスト』では、戦時を知る後期高齢者たちが、現代社会にテロ行為をもって“喝”を入れるストーリーとも言い換えられると思いますが、村上さんの体験してきたかぎりにおいて、時代はどう変わったと考えていますか。

村上龍(以下、村上) 現代のほうが生活環境は清潔だし、ファストフードもファッションも充実してます。多くの人々にとって生きやすい時代なのは間違いないでしょう。ただ、高度成長の時代というのは、5年後、10年後には「今よりも暮らしが良くなる」と思えた。これは現代との大きな違いですよね。一昔前の中国のように、高度成長時には、年率10%近い経済成長が、20年くらい続いていましたから、社会全体に活気があった。来年は電気式の洗濯機を買おう、カラーテレビを買おう、多くの人がそんなささやかで、かつ確実な希望を持つことができたんです。

— それに比べて、現在の日本は深刻な課題が山積みで、先行き真っ暗ですよね。

村上 単純に比較すれば、現代のほうが豊かです。実際、恵まれていると思いますよ。サイゼリヤの生ハムは安くても美味しいし、ユニクロではちゃんと縫製された服が安く買える。ただ、繰り返しになりますが、重要なのは、「5年後、10年後、自分は今よりもよくなる」と思えるかどうかなんですね。

— そこで印象的なのは、作中に登場するネットカフェの風景です。「利用する人々のあきらめと無気力が空気のように漂い充満している」という描写には、まさしく現代人が抱える閉塞感が切り取られているように感じました。

村上 これは別にネットカフェにかぎったことでも、若い世代にかぎったことでもないんですよ。たとえば以前、『55歳からのハローライフ』を書いた際に、山谷のドヤ街を取材しているのですが、そこでも似たような空気は感じました。山谷には1泊2000円前後の宿に身を寄せる人が大勢います。1泊2000円ということは、1ヵ月にすれば6万円ちょっとで、これはちょうど生活保護の、住宅給付金と同じくらいの金額に設定されているんです。私が取材に訪れた時は、冬場の取材だったこともあり、みんなストーブを囲んでじっと動かずに暖を取っていました。寒さをしのぐことに必死で、何らか生産的なことに着手する余裕がないんですね。

— そう考えると、“豊かさ”とはなんだろう、という疑問も感じます。

村上 ほとんどの人は自覚していないでしょうけど、今の時代は選択肢が豊富なようでいて、じつは“生き方”を選ぶことができない側面があります。一見、ライフスタイルは多様化しているように見えますが、実際には生きていくのに精一杯な人が多い。もっとも、なかには『カンブリア宮殿』に登場する経営者のように、たまたまその会社に入らざるを得なかったんだけど、そこで出世したケースだってありますけどね。

“希望がある”状態と、“希望が必要”な状態の違い

— 村上さんの目には、今の日本はあまりおもしろい社会には映っていないのかな、という印象を受けます。

村上 いや、そういうわけでもないですよ。そもそも、理想の社会なんて存在しませんから。どんなにうまく回っている国でも、必ずどこかに矛盾や不公平がある。年輩の世代は皆、懐かしもあって戦後や高度成長の時代を持ち上げたがります。『三丁目の夕日』みたいな世界観はその典型でしょう。でも、当時の社会の実情に目を向けると、衛生面ひとつをとっても劣悪で、私の子供の頃など、夏休み明けにはクラスの中の誰かが亡くなっているようなことが珍しくありませんでした。

— なんと。それは、夏休み中の事故や病気で……?

村上 そう。当時はまだ網戸のサッシが普及していなくて、ほとんどの家は蚊帳を使っていました。だから日本脳炎にかかる子供が多かったんですよ。そうした環境面だけでなく、たとえば差別に関しても現代ほどセンシティブに考えられてはいなかったし、昔を持ち上げればいいというものでもないですよね。

— しかし、社会のこの先に希望を持てない状態というのは、やはり考えものです。3.11の震災後、村上さんがニューヨーク・タイムズ誌に寄稿した手記に、「大地震と津波が私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。しかし、富に心を奪われていた我々に、希望の種を植え付けた」という記述がありました。これは今回の作品で、テロリストたちが日本を再生させるために、一度焼け野原にしてやろうとする志に通ずるものを感じるのですが。

村上 それは直接的にはこの物語に関係ないですが、震災は希望というもののとらえ方について考えさせられる出来事ではありました。希望というのは、若い世代や子供たちにはぜひ持っていてほしいものだと個人的にも思います。ただ、“希望がある”状態と、“希望が必要”な状態は違うんですよ。後者は、あまり良くない状態です。
 たとえば難民キャンプで暮らしている人々を見れば、明日食べるものもなければ、赤ん坊にやるミルクもない状況で毎日を耐えしのいでいる。そんな状況だからこそ、がんばって生きていくために希望が必要なわけですし、それがなければとてもやっていけないでしょう。日本も、震災直後には希望が必要な状況に追い込まれました。


さらなるインタビューが、dmenuの『IMAZINE』で続いています。
「小説とはデータであり、情報である。」
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村上龍(むらかみ・りゅう)

1952年長崎県生まれ。76年に『限りなく透明に近いブルー』で第75回芥川賞を受賞。『コインロッカー・ベイビーズ』で野間文芸新人賞、『半島を出よ』で野間文芸賞、毎日出版文化賞を受賞。また、『トパーズ』『KYOKO』では映画監督も務めた。このほか、日本の金融・政治経済の問題を考えるメールマガジン『JMM』の運営や、経済トーク番組『カンブリア宮殿』(テレビ東京)のホストなど、幅広く活躍中。

構成:友清哲 撮影:吉澤健太


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オールド・テロリスト
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コメント

3n4rs |いま輝いているひと。|cakes編集部 やはりこの人、面白い思考の持ち主だ。 https://t.co/Y02fxmv3pR 約2年前 replyretweetfavorite

ufoufoufo51 読んでないけど、北野武監督が似たようなテーマで映画撮ったよね!! 約2年前 replyretweetfavorite

feti_ok 「テレビ番組の影響から、『コインロッカー・ベイビーズ』(1980)が再びブームに。」ってどのドラマのことなんだろ? 約2年前 replyretweetfavorite

mofu357 これいずれ読みたいな。やっぱり龍氏かな、僕は。最近の春樹氏はどうも。。。 約2年前 replyretweetfavorite