唖然として男を見つめた。胸が高鳴った。でも、冗談を言っているに違いない。たぶん、からかって楽しんでいるのだ。笑うのには最高の方法じゃないか。囚人の表情が喜びに輝くのを見てから、絞首台に送って希望を打ち砕くなんて。
わたしは騙されたふりをして調子を合わせた。
「愚か者でない限り、毒見役になるのを断ったりはしないでしょう」
わたしのかすれ声はさっきより大きくなっていた。
「だが、これは一生辞められない仕事だぞ。それに、毒見役の訓練は厳しい。毒の味を知らずして最高司令官の食事に毒が入っているかどうか判断できないからな。訓練中に死ぬこともある」
男は書類をフォルダの中に片付けた。
「城の中に寝る部屋は与えるが、日中のほとんどを最高司令官と過ごすことになる。休日はない。結婚も、子どもを産むことも許されない。死刑を選ぶ囚人もいる。次の一口で死ぬかもしれないと怯え続けるよりも、処刑の場合は少なくともいつ死ぬかわかるからな」
男は獰猛な笑みを浮かべた。
この人は本気だ。興奮で全身が震えた。生き延びるチャンスがある! 最高司令官のために働くのは地下牢に戻るよりましだし、もちろん絞首刑よりずっといい。だが、頭に疑問の数々が浮かんできた。なぜ人を殺したわたしに、こんなにも重要な仕事を与えるのか? 最高司令官を殺すかもしれないし、逃げ出すかもしれない。それを、どうやって防ぐつもりなのか?
けれども、そんな質問をしたら、この人は自分の過ちに気づいてわたしを絞首台に送るかもしれない。代わりに別のことを尋ねた。
「今は誰が最高司令官の毒見をしているんですか?」
「わたしだ。だから、代役を早く見つけたい。それに『行動規範』では、空席ができたら次に処刑される予定の者が埋めることになっている。命を奪った罪の代償として、自分の命を提供するわけだ」
じっと座っていられなくなり、立ち上がった。壁に貼られた地図に目をやると、軍の戦略的な配置が記されている。散らばっている本の題名は国防と諜報技術に関するものだ。蝋燭の数と溶け具合は、彼が深夜遅くまで働いていることを示している。
あらためて、顧問官の制服を着た男を見つめた。この男はヴァレクに違いない。最高司令官に直接仕える防衛長官で、イクシア領の膨大な諜報ネットワークの指揮官だ。
「死刑執行人にどう伝えようか?」
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