電気サーカス 第31回

 高速回線も常時接続も普及しておらず、テレホーダイでネット接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、オフ会で女子中学生の“真赤”と出会う。そんなある日、彼女と知り合う機会を作った宇見戸主催のイベントに参加することに。

 ホールで踊る人々を敵視し、心中でひたすら呪詛の言葉を投げかけつつ酒を飲んでいると、僕の他にも踊りの輪に入れずにいる人物がいるのに気がついた。それは僕と同じ年頃の青年で、商店街の床屋でカットしたような、毛先がまっすぐ整った黒い短髪に、高校生が制服の上に着るようなダッフルコートを着ている。そして片手にドリンクの入ったグラスを持ち、壁際に佇立して踊る人々を眺めているのだ。
 時々入り口の方からやって来る人と「すみません、通してもらえますか」「あっ、すみません」「ありがとうございます」「あっ、すみません」などというようなやりとりはしているが、雑談をする相手はいないようだ。
 彼もきっと、僕のように、自分の部屋で一人文章を書いている時は自由になれるけれども、こんな場所では戸惑いと嫌悪感ばかりが先に立ってしまう人種に違いない。同好の士を求めてここに来たものの、自意識が邪魔をして踊ることも出来ず、話しかけるべき知人もおらず、孤独感を噛みしめているのだ。時々音楽に合わせて身体を揺すってみたりしてみても、すぐにくじけてやめてしまう。ああいう人物は好感が持てる。僕と友達になれそうな奥ゆかしく誠実な人材である。チラチラと向こうを見ていると、相手も時折視線を返し、お互いを意識しているのだが、話しかけるには至らない。何故といってそれは、どうも、教室の仲間はずれ同士がいつの間にか友人関係になるような、みじめな近づき方のような気がするのである。まるで、負け犬同士の傷の嘗めあいのようでみっともない。
 なんとかお互いのプライドが傷つかない接触方法はないかとあれこれ考えていると、「ミズヤグチさん」と、さっきまで忙しそうにしていた筈の宇見戸が僕に話しかけて来た。「いやあ、なんだかんだで、いいイベントになりましたよ」「そうですか?」「そうですよ。ミズヤグチさんも楽しいでしょう!」彼は若い女を連れていて、彼女も僕に挨拶をしてくる。そしてサイト名と、ハンドルネームと思しき名前を口にした。どこかで聞いたことはあるけれど、どんなサイトだったかは思い出せない。
「『電気サーカス』って、私も知ってますよ。あっ、そうだ。これ、今日作って来たんですよ」
 と言って、彼女は手元に紙包みを開いて見せる。暗く色彩の偏った照明のため定かではないが、そこには白っぽい破片が重なっていて、甘いバターの匂いが立ち上った。
「クッキー?」
「そうです。でもただのクッキーじゃなくて、デパスクッキーです。デパスの錠剤を砕いて、生地と混ぜて焼いたんですよ」
「馬鹿みたいにたくさんの薬が入ってるんですよ。何シートくらい使ったんだっけ?」
 彼女の斜め後ろにいる、友人らしき女がそう訊ねると、
「どれくらいだろう? 家にあるの全部使っちゃったから、分量的には小麦粉の半分くらいあったかしら。一日中ずっとすり鉢ですってたんですよ!」
 そう言って首をひねった。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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