電気サーカス 第30回

 高速回線も常時接続も普及しておらず、電話回線とテレホーダイでネットに接続していた時代。『テキストサイト』をはじめた“僕”は、東京で独り暮らしをしている女子中学生“真赤”とオフ会で出会う。交流を深めていく二人だったが……。

 宇見戸が企画したイベントには『Reefer Madness』という名前がつけられている。僕は知らなかったのだけれども、ICQで彼が鬱陶しいほどに繰り返し説明してくれた話によると、大麻を題材にしたアメリカの古い映画のタイトルをそのまま拝借したものらしい。その映画は大麻の有害性を人々に啓発するためのキャンペーンの一環として制作されたプロパガンダ映画でありながら、大麻の害を極端に誇張し過ぎてしまった結果、現実離れした内容となり、グロテスクで悪趣味なおもしろ可笑しいカルト映画になってしまった作品なのだと言う。そうした、作品の制作経緯が持つ本末転倒な部分と、そこに描かれた若者達の大麻を吸った後の狂乱、退廃ぶりがこのインターネット文化に耽溺する若者を想起させ、彼らが一堂に会して暗闇で踊るというこのイベントにふさわしいと宇見戸は思ったらしい。彼の言葉を借りれば『これ以上に正確な名詞など存在しない』のだそうだ。
 このイベントでですね、ミズヤグチさん、僕らの築きつつあるこの文化は新しいステージに向けて一歩前進するのですよ。人と人の出会いが化学的な変成を促し、エモーションを生み出すのですよ。そういう場所を作ってゆきたいのですよ。宇見戸はICQのメッセージウインドウが瞬く間に文字で埋め尽くされるほどの勢いでその情熱を語った。でもこれって結局、場所がクラブなだけで、ありようはただの大規模オフ会でしょ? その時僕は揶揄するつもりでそう言ったのだけれども、彼は大真面目に「これは、普通のオフ会と違って、暗いところで曲が流れているわけですから、一人で行っても、誰とも喋れなくとも、参加出来るんです。これまで二の足を踏んでいた、インターネットに多く存在する人と接するのが苦手な人達でも気軽に参加出来るんです」と、何やらまっとうそうな返事をよこす。なるほど、言われてみれば確かに筋は通っており、この宇見戸という人間は、薬物の濫用のし過ぎで脳が壊れただけの人間だと思っていたが、それだけではないのかもしれない。
 さてその『Reefer Madness』である。『RM』という略称で普及させたいらしい。宇見戸自身の手によって告知用サイトが作られ、十二月からインターネット上に公開されている。そのサイトのデザインは、黒い背景の上にしたたり落ちる血を模した赤いフォントの文字が並んだもので、さらに筋骨隆々の男が半裸で黒いマスクをかぶって鞭を持って立っているイラストが貼り付けられている。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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