真赤は上機嫌になると、話題がまるでチェスのナイトのようにぽんぽんと飛び跳ねる癖があるらしい。さっきまで自分の腕や足を切り裂いてネットにその画像を公開する少女たちについて、自分も自傷はするがその行為をとても恥ずかしく思っているから公開など思いも寄らない、彼女たちには距離を感じる、というようなことを述べていたかと思えば、それが終わらないうちに生まれ故郷である栃木の話をはじめ、いつしか少女に対して偏愛があるという話題になっていた。こうした話し方をするのは、頭の回転が速すぎる人や、精神が不安定な人の特徴だと聞いたことがあるけれども、彼女の場合は両方のように思う。
二人で足を突っ込んでいる炬燵の温度が少し高いので、話しているうちに酒を飲んでいる僕だけでなく、真赤の顔まで赤くなって来た。一旦話を止めて温度を下げようとしたのだけれど、調節ダイヤルのついたコントローラーが見つからない。炬燵布団をめくってそれを探すと、確かに目的のものは見つかったのだけれども、あっ、真赤の無防備な下半身まで視界に入ってしまった。僕は慌ててコントローラーをひったくり「まったく、熱いなあ。2くらいの目盛りにあわせればいいかな? それとも1でいいかな?」などと意味のない独り言をつぶやきながら顔を上げたのだけれど、真赤はそんなことよりも話の続きをすることに急いていて、すぐにお喋りを再開する。
熱に浮かされるように話し続ける真赤の目はらんらんと輝いていた。以前誰かが彼女の目つきがおかしいと言っていて、僕ははっきりいってその台詞を下心の見え透いた生臭く大仰で漫画じみた浅ましい世辞だと閉口した記憶があるのだけれど、今になってその意見に同調したくなってきた。真赤の目は、その部分だけまるで別の生き物のように輝きが目まぐるしく変化して、彼女の内面性をどろどろと垂れ流している。これは思春期特有の目なのかしらん。人格異常者特有の目なのかしらん。面白い目をしているものだなあと、肴もなくなって、いよいよ苦しくなって来た日本酒を無理矢理流し込みながら眺めていると、また彼女の話が飛んだ。
「そういえば、ミズヤグチさん」
お、と思ったのは、真赤が何気なく世間話を言うような態度を取り繕ってはいるにも拘わらず、その声の響きにどこか今までの話題にはなかった雰囲気があったからだ。それが何を意味しているのかはさっぱりわからないけれど、これまでとは違うことを言うつもりなのかな? 気になるところだったが、ここは変化に気づかぬふりをした方がいいのかもしれない。
「ついこの間、あの鍵の人がまた来たんだ」
なるほど、その話か。正直なところ、どんな話題にしろその人物の話を聞きたくはなかったのだけれども、聞いたら滅入ってしまうだけなのはわかっていたのだけれども、そんな態度を見せる訳にもいかない。
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