—— 谷甲州先生、『コロンビア・ゼロ』刊行おめでとうございます。22年ぶり、待望の航空宇宙軍史の新作単行本が読めることを愛読者としてとても嬉しく思います。以前の航空宇宙軍史から一貫した強靭な世界観と、たゆまぬ研鑽を重ねた作劇手法により密度を増した物語に圧倒され、感動しました。 『終わりなき索敵』(1993年刊行)あとがきにある 「歴史上の事件は完結しても、事件に関わった人々の人生は終わらないのだ。人が生きつづけているかぎり、歴史がとぎれることはない」 という言葉が印象的なのですが、「ザナドゥ高地」での、「タイタン航空隊」に連なる一節を読み、目頭が熱くなりました。他にも過去の物語と関係する様々な人物や兵器、ソフトウェアの登場も感慨深いです。
谷 楽しんでいただけたようで、作者としてはうれしいかぎりです。航空宇宙軍史では人の一生を大きくこえる歴史を描くことになるために、生身の人間を主人公にすると無理が生じます。この問題を解決するために、ハインラインは長命種の一族を主要な登場人物にすえたと考えられます。『終わりなき索敵』で描かれるモスボール保存されたロックウッドや、情報のみの存在となって変質をつづける作業体Kは同様の発想で生まれたものです。とはいえ、おなじ手は何度も使えません。普通の人間が決して目撃することができない長大な時の流れを、同一の視点で無理なく描く方法はないものか。そんなことを考えたものだから、航空宇宙軍史では人間以外の存在も主人公や視点の主になったといえます。ヴァルキリーなどの兵器はもとより、一般的なハードウェアやテクノロジーのシステムも人類と同等の存在としてあつかわれます。ただし人の一生をスケール(物差し)に使って、時の流れや時代の変化を描くことも可能です。「ザナドゥ高地」では老いた元パイロットの思い出話を語らせることで、40年という年月の長さを伝えたつもりです。
—— 登場人物といえば、以前の航空宇宙軍史ではコマンダー・ダンテを初めとするタナトス戦闘団の面々の個性も印象的でした(愛読者としてはそうした個性的でエネルギッシュなキャラクターの活躍もまた読みたいところです)。『コロンビア・ゼロ』収録作品では、谷SF全般に通ずる「即時対応を迫られる現場の人間」や、特殊技能に長けた女性キャラクターも登場しますが、以前の航空宇宙軍史に比べキャラクター造形に少し変化を感じました。具体的には、内面の描写がある人物は落ち着きと深みが増したように感じられます。また最後まで内面が完全には読み取れずコミュニケーションが難しい人物も登場しますが、以前の航空宇宙軍史には登場しないタイプのキャラクターですね。
谷 航空宇宙軍史を中断している間に、様々な仕事をやってきました。その中で最大の物語は『覇者の戦塵』ということになります。既刊本は新書で40冊ちかくありますから、今回の『コロンビア・ゼロ』にもその影響がでているのかもしれません。『覇者の戦塵』では敵にあたる連合軍の内情は描写されず、登場人物たちは顔のみえない相手の行動に振りまわされます。場合によっては味方の動向すらわからず、あやうく同士撃ちが発生しかけることもあります。すると他人とのトラブルが発生するとき、相手が何を考えているかうかがい知れないのが普通と考えていい。以前の航空宇宙軍史にはないキャラクターが生まれたとすれば、そういった状況がより深刻な事態を引き起こす『覇者の戦塵』を多く書いてきたせいかもしれません。
—— SFマガジン掲載版からの加筆訂正が多く見受けられます。特に「サラゴッサ・マーケット」はほぼ全篇にわたり改訂されていますがそれは、小説としての完成度を高めるためであるのはもちろんのこと、収録作品相互のみならず今後の展開を見据えて一貫性を保つための加筆訂正と見受けましたが。