マナーを教えてくれる人がいない
自宅の増改築のために雇った建築家のジョーさんは私たちと同年代で、つねに背筋が伸びている礼儀正しい男性だ。
一緒にランチに行ったとき、ジョーさんが「最近の若者は……」と溜息をついた。
何かとおもったら、「テーブルマナーがなっていない」と言うのだ。
席についたらすぐにナプキンを膝に置く、食事が終わったことを示すのにはナイフとフォークを右肩斜めに並べて置く。それがアメリカのテーブルマナーだ。イタリア系移民のジョーさんは同居のおばあちゃんから厳しく躾けられて身につけたのだが、最近はこのマナーを守らない若者だらけになっている。
「誰も教えないのだろうか?」ジョーさんは首を傾げた。
ジョーさんが「消えている」と嘆くアメリカのマナーは、むかしヨーロッパから移民が持ち込んで独自に発達したものだ。ヨーロッパといっても国によってマナーに違いはあるのだが、共通点は多かった。
建物から出るとき、入ってくる人のためにドアを開けて待っていてあげるとか、妊婦やお年寄りに席を譲ってあげるとか、重い荷物やベビーカーを押している人が階段を上がるのを手伝うのもヨーロッパから来たマナーだ。
マナーが消えてきたのは、核家族化で家庭からおばあちゃんがいなくなったからだけではない。