第2回

元写真週刊誌の記者・タカツキリクオは、謎の雇い主カキオカの依頼のもと「Q」と呼ばれるアイドルのパパラッチを行う、モニタリングチームの一員。ターゲットの呼称は「Q」。ある日、カキオカは追跡のターゲットをそれまでのアイドル・ユイから新興のアイドルグループ・ED(エクストラ・ディメンションズ)のミカに突如変更する。それに伴いチームも再編されることになるが、ミカを追跡するにつれ、新たに加わったメンバー、謎の新人のニナイケントという男が不穏な動きを見せ始める……。雇い主の真意は? 「Q」の意味とは? そしてニナイの本当の目的とは?  そして、敵の正体もわからないまま、一転して追われる側になったタカツキが取った行動とはーー? 『ピストルズ』から2年、手に汗握るノンストップエンタメ長篇(第1回はこちら)。

2

 二〇〇九年一二月一七日木曜日、午後一一時三八分。
 東京都道423号渋谷経堂線──通称淡島通りのガードレールが途切れたところの路肩に、黒いSUVが停車している。
 運転席にいる眼鏡の中年男は、右手に持ったスマートフォンの画面と窓外の景色を交互にくりかえし見ている。その目つきは鋭く、目標物を見逃すまいとする強い意志があらわれている。
 助手席にいる丸刈りの若い男もスマートフォンを手にしているが、こちらは液晶画面を見つめるばかりで顔をあげない。ときどき二リットル・ペットボトル入りのコーラをがぶ飲みしながら鼻歌を唄い、右手の親指を器用に動かしてウェブ上の記事をいくつも読みふけっている。
「タカツキさん、知ってます?」丸刈りの男が訊く。
「なにを?」眼鏡の男が問いかえす。
「昨日ね、今まで見つかったなかでいちばん地球に似てるスーパーアースが発見されたんだって。AFP通信のサイトに出てるんですけど、四分の三が水と氷で、残りの四分の一が岩でできてる惑星らしくて、大気もあるみたい」
 眼鏡の男は、淡島通りを挟んで反対側に隣接している、大型高級マンションの正面玄関を注視している。視線の向きは変えずに、彼はこう応答する。
「へえ。生き物は?」
「熱すぎるからいないっぽいですね。表面温度が推定一二〇から二八〇度とかだから、生命体の維持は無理くさいと」
「そいつはつまらんな」
「でもどうかな。そのくらい超高温の環境に適応できる生物だって、もしかしたら存在するかもしれないじゃないですか。地球環境ベースで考えてるだけじゃ、宇宙の真実をとらえそこねることにしかならないんじゃないかな」
「たしかにな。普通の生き物が無理でも、クマムシみたいなやつがうじゃうじゃいる可能性だってなくはない」
 同意している割には、どうでもいいことのように眼鏡の男は応ずるが、丸刈りの男はおもしろがってその返答を引きとる。
「それにそのクマムシは、知性だって備えてるかもしれないわけだ。ウルトラマンの怪獣みたいにバカデカいのかもしれないし、悩みもすれば恋もするかもしれない。そういえば、クマムシっぽい見た目のウルトラ怪獣いましたよね。あれ名前なんだっけ」
「さあな。ウルトラ怪獣なんてだいたいそんな見た目のやつばっかりだろ」
「いや、まんまクマムシって感じのやつがいるんですよ。なんだっけあいつ」
 丸刈りの男は、スマートフォンでウルトラ怪獣の画像検索をはじめるが、思い浮かべているものと一致するイメージがなかなか見当たらず、眉間に皺を寄せる。
「しかしいくらスーパーアースつっても、ウルトラ怪獣はいないんじゃないのか。だいいち、ウルトラ怪獣がいるのならウルトラマンもいなくちゃ釣り合いがとれない。宇宙の真実はそこまで器デカくない気がするけどな」
「そうすかね」
「おそらくな」
「でも、気がするってのも、結局は常識的判断にすぎない。それだって真実を見落とすきっかけになっちゃいますよ」
「まあ、それもそうだな」
「でもやっぱり、ウルトラマンはいないだろうな」
「いやいるさ」
「あんなのいるわけないじゃないですか。所詮は絵空事ですよ」
 眼鏡の男は依然外を見ながら笑っている。
「しかし人間の科学の常識が、間に合わせの真理じゃなくなる日ってくるのかな」
「どうだろうな。そもそも神の視点に立てない以上、人間には真理を真理と判定する術がないからな」
「どういうことすか?」
「模範解答集がなければ、テストの答え合わせはできないだろ。人間は真理の模範解答を知らないんだから、答え合わせも不可能だ」
「なるほど。答えが出せても自己採点はできないから、試験にパスしたのかどうかは永遠にわからないわけか。しかしそいつは切ない話だな。布きれ一枚しか身につけてなかった時代から、人間は必死こいて真理の追究に明け暮れてきたってのに……あれ今、地震あったのか。伊豆で震度五弱て、かなりデカいな」
 丸刈りの男は、いつの間にか画像検索をやめていて、ニュースサイトの閲覧に戻っている。地震情報を眺めながら、中身が半分になったペットボトルを彼は上下に振っている。
「そんなに揺れたのか。こっちはいくつだ?」
 スマートフォンからいったん目をそらし、ペットボトルのなかで弾けまくる炭酸のあぶくを凝視しながら、丸刈りの男が答える。
「いや、東京はちっとも揺れてませんね。せいぜいイチとか、そんなもんです」
 未だ炭酸の泡がてっぺんに積もっているコーラを丸刈りの男から差しだされるが、眼鏡の男は首を横に振って受けとらない。
 眼鏡の男のまなざしはさらに鋭さを増しており、いきなり小型双眼鏡をかざして接眼レンズを覗きだしている。
「あそこにいるの、こないだのやつらじゃないか?」
 反対車線側の歩道に自転車を停めて立ち話している、二〇歳前後と思しき野球帽をかぶった男のふたり組。
 そこは大型高級マンションの正面玄関から数メートルの距離の場所。
 ふたりとも、わざとそろえたかのようにほとんどおなじ服装をしており、商談中の闇ブローカーみたいな顔つきでなにやらおしゃべりしている。
「ああ、はいはい。間違いないですね」
 助手席から身を乗りだし、双眼鏡で野球帽のふたり組を視認すると、丸刈りの男の表情もようやく真剣味を帯びてくる。彼はただちに、スマートフォンで本隊に電話をかける。
「今どのへん? あと何分くらい? 了解。そうそう。ちょうど今きたわけ。うんうん。必要あったら、すぐ連絡入れます。はいどうも」
 丸刈りの男が電話で話している隣では、眼鏡の男が野球帽のふたり組の動向に注意しつつ、スマートフォンでメールを打っている。

Bキャップ+ダボパン野郎×2あらわる。
たぶんもうじきイン。
ネトカメ最新IDとパスを至急。


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yukihgs いつのまにか。 4年以上前 replyretweetfavorite