私はフラウの新居に招かれていた。リビングには大きな窓があり、見晴らしも風通しも良くて爽やかな気持ちになる。
「少し狭いけどね。いらないものは思い切って処分してきたから、だいじょうぶかな」
34歳、メーカー勤務。2年前に企画開発部に異動して、最近はプロジェクトリーダーを任されるまでになったフラウは、もう5年も恋人がいない。「次に付き合う男とは結婚する」が口癖だったけれど、恋人を見つける前に都内の駅の直ぐそばのマンションを購入した。
「マンションと猫を手に入れた女は、もう結婚できないなんて言われるけど。そんな迷信、信じていたら、いつまでたっても何も始まらない(笑)」
それにね、と言葉を続ける。
「気兼ねなく一緒に住める場所があれば……、愛だけで男が選べるじゃない?」
私は、彼女のまっすぐで切実な“愛”の響きに戸惑った。
FRaU 2005.4
FRaUが打ち出した革命的な発想の転換
女性誌ではよく伴侶や恋人を探すことを、マンションなどの住処探しにたとえて語る。さしずめ、恋人は賃貸、結婚相手は持ち家、不倫相手は定期借家物件か。いずれにしろ完璧な物件はない。理想に近い物件があっても空家とは限らず、実際に住んでみなければ、しっくりくるかもわからない。だから、自分にとって絶対に必要な条件は事前に絞っておいたほうがいい。適切な物件が見つかったら、今度は入居審査を通過して、相応の家賃なりローンなりを払わねばならないところも、伴侶や恋人探しと共通している。
やはり、手持ちの資産は多ければ多いほどいい。選べる物件の選択肢がふえていくから。
「マンションを買えば、愛だけで男が選べる」
『FRaU』がこの革新的な特集を打ち出したのは、2005年。バブルが弾けて久しく、世は、お金よりも愛礼讃ムード。小説『世界の中心で愛を叫ぶ』(2001年刊)以降、韓流ドラマ『冬のソナタ』など純愛ブームが続いていた。
未婚・未出産の働く女が“負け犬”※と呼ばれ、一般化された頃でもある。
※負け犬:2003年『負け犬の遠吠え』酒井順子著より
セカチューには、今ひとつのめり込めなかったけれど、 FRaUのこの提案はなぜだか響いた。私自身は、貯金も安定も乏しい自由業。無計画な旅と引っ越しが大好きだから、マンション購入なんて考えたこともなかったけれど、「愛だけで男が選べる」というメッセージには、素直に反応したのだった。
これまで独身女性がマンションを買うことは、ネガティヴなことにとらえられがちだった。資産を持てば、「結婚をあきらめた寂しい女」とか、「男にドン引きされる」「寄ってくるのは資産目当てのダメ男だろう」などと、世間は口さがない。この負の共通認識を、FRaUは、オセロの黒を白に一気に変えるがごとく鮮やかに、ポジティブな一手としてひっくり返した。女の資産は、愛までも引き寄せるのだと!
結婚とは「カネ」と「カオ」の交換である。
この特集といつもワンセットで思い出す言葉がある。社会学者・小倉千加子先生が著書『結婚の条件』の中で述べていたこと。
「結婚とは、『カオ』と『カネ』の交換である」
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