ここは東京、西新宿。 狼たちが集うこの街で、一人の冴えない若者がこれまた冴えない雑居ビルで働いておりました。
???「はあ、もうやめたいこんな会社……」
そうため息をつく彼の名前は出来内陽太(デキナイ・ヨウタ)24歳。 医療器具メーカー「ドブ板メディカル株式会社」に勤める新卒3年目の営業です。
陽太「課長にツメられまくってしまった……。あいつ早く死ねばいいのに……ああ、こんな仕事早くやめたい……」
名は体を表すと申しましょうか、この陽太君、気はいいけれどちょっと仕事ができないダメ野郎だったのです。
陽太「こんな日は早くかえろ」
そう言いながら、とぼとぼと会社の廊下を歩く陽太ですが、もう時計の針は夜の9時を回っていました。この時間に帰れるのは、彼にとっては早い時間です。上司が帰ったのを見計らい、同僚に気づかれないようそっとオフィスを出てきました。 なぜでしょう。毎日毎日帰り際、同じことをやっているはずなのに、どうしてこんなに気を使わないといけないんだろう……となぜだか泣きたくなってきます。
そんな時でした。
陽太「あれ?」
裏口の階段までまっすぐつながる廊下の途中に、今まで見たことがない白いドアがありました。
陽太「あれ、こんなところに部屋なんてあったっけ……?」
ドアには「医務室」と小さなプレートが貼られていました。
陽太「うちの会社に医務室なんてあったっけ?」
と不思議に思ってドアノブに手をかけるとドアには鍵がかかっていません。そっと開けてみると……
陽太「えっ」
陽太は驚きました。そこには明るい暖色で整えられた診察室があったのです。 茶色いデスクに座っていた白衣のおねーさんが陽太に気が付くと、にっこりと笑います。
どきっ!
その笑顔を見た途端、陽太のハートに矢が45度の角度で突き刺さりました。 ポニーテールにつぶらな瞳、キュートで思わず守りたくなってしまう小柄なおねーさんです。
陽太「あ……! あ、すいません! こんなところに医務室ができてたなんて知らなくて!!」
人がいないと思っていた陽太は、めっちゃ慌ててました。 だらだらと背中に汗をかいていると、おねーさんは眉をひそめ、一言
「臭い」
と言いました。
陽太「え!? く、臭い!」
おねーさん「あなたから社会人の腐った匂いがするわ」
陽太「え!? ぼ、僕?」
おねーさんは突如立ち上がると、ばっちーんっと陽太に平手うちをかましました。
陽太「ぶばぼ!?」 思いがけない衝撃に陽太は思わず床に転がります。
陽太「な、な!? なにするんですか!? 親父にも殴られたことないのに!」
おねーさん「ガンダムも見たことないくせに30代に媚びるな!」
おねえさんは一喝しました。
おねーさん「あなたみたいな人を見るとイライラするのよ。どうせ、やめたいやめたいって言ってそのくせ転職活動もせず、毎日惰性で会社にきているタイプでしょ」
陽太「うっ」
今度は違う意味で陽太のハートに矢が刺さりました。そうなのです。陽太は仕事をやめたいといいながらも何もしていません。今日も今日とて家に帰ってだらだら一日を終えるはずだったのです。
陽太「そ、そんなこといわれても……。毎日へとへとだし……転職活動する時間とかないですよ。コミュ障なのに営業なんて仕事やらされて、上司はクソだし……ほんとこの会社最低ですよ」
おねーさん「まったく!」
おねーさんはやれやれとため息をつきました。
おねーさん「私の名前はずんずん。今日からこの会社で産業メンヘラ医を担当することになったの」
陽太「産業メンヘラ医?」
ごほんと、おねーさん、いやずんずん先生は咳払いをして続けます。
ずんずん「このジャパンでみんながふさぎがちで、セックスもせず、少子化が進むのも、楽しくウキウキ仕事をしていないせい。なぜご機嫌で仕事ができないか? それは社会人病にかかってるためなのよ」
陽太「社会人病?」
ずんずん「社会人だけが罹患する病気よ。いろいろな種類があるんだけど、今、あなたは『転職したい病』にかかっているわ。この病気にかかると大変よ。数年は地に足つかず成果を出せず落ち着かず、下手するとジョブホッパーになり、そうならずに会社にとどまったとしてもいずれ感情がマヒしていくのよ」
陽太「えええ!?」
ずんずん「でも安心して。私がこれからあなたに完璧な処方箋を書いてあげるわ」
そう言うと、ずんずん先生はさっさっとカルテを書き始めたのです……。
(次回につづく)
いまだ謎の多い外資系企業。三流大卒、埼玉のOLだったずんずんさんが見た、その”実態”とは……?