号外】史上初の冥王星探査、遂にあと3日!NASA技術者が見どころを解説!

NASAの探査機ニューホライズンズが9年の旅の果てに、冥王星へ到着する。それが、人類にとってどれだけの偉業か、太陽系の地図の空白が消える瞬間のわくわくをNASAで働く技術者小野 雅裕が語る...!

 ほんの数百年前まで、世界地図は空白だらけだった。西洋人は16世紀まで太平洋の存在すら知らなかったし、アメリカ合衆国が独立したあとでさえ北アメリカ大陸の内陸は空白だらけだった。日本だって同じだ。明治時代になっても北海道の内陸部は空白のままだった。そんな空白を勇気ある冒険家たちがひとつずつ地道に塗りつぶしてくれたお陰で、今の僕たちが知っている世界地図があるのだ。

 あと3日で、またひとつ、空白が地図から消える。とはいえそれは地球の地図ではない。太陽系の地図だ。

 冥王星である。

 NASAの探査機ニューホライズンズが、9年の旅の果てに、来週の火曜日(7月14日)にいよいよ冥王星に到着するのである。探査機が冥王星に到達するのは、もちろんこれが史上はじめてだ。無人の宇宙船だが、人が「乗って」いる。どういうことかというと、冥王星を発見したクライド・トンボーの遺灰が積まれているのだ。

冥王星に接近するニューホライズンズの想像図。画像:NASA/JHUAPL/SwRI

 そのトンボーが発見したのが1930年。それから85年も経つのに、今まで冥王星の姿は謎に包まれていた。あまりにも遠すぎるからだ。現在の地球からの距離は約48億キロ。この距離を新幹線で走ると約1800年かかる。光の速さでも4時間半だ。

 こんなに遠いから、ハッブル宇宙望遠鏡をもってしてもぼんやりとしか見えない。下の図にあるピンボケのような丸が、ニューホライズンズより以前に人類が持っていた最も詳細な冥王星の地図である。あまりにも不鮮明なのでかえって色々と想像が沸く。たとえば180°の方向の模様をじぃっと見ていると、僕にはタモリさんが見えてくる。(どこかの科学者はクジラと言っているが、僕には断じてタモリさんにしか見えない。)模様の形もさることながら、どうしてこんな模様があるのか、どんな物質で覆われているのかも詳しくは分かっていない。星の直径さえ、まだ観測によってばらつきがあるのだ。

 それが全て、あと3日で明らかになるのだ。そこにはどんな世界が広がっているのだろう。山やクレーターででこぼこしているのだろうか、それとも案外のっぺりしているのだろうか。地面は岩でできているのか、それとも氷なのか。薄い大気があることは分かっているが、どんなガスでできているのだろうか。

 もしかしたら、全ての人間のイマジネーションのはるかに先を行くような、奇想天外な発見があるかもしれない。事実、過去にも探査機はそのような発見を多くしてきた。

 たとえば、ボイジャーが木星に接近した際、木星の衛星イオに火山が見つかった。いや、火山だらけだった。思春期の若者のニキビだらけの顔みたいに、星全体が無数の活火山の火口で覆われていた。

 土星探査機カッシーニは、土星の衛星エンケラドゥスから、クジラの潮吹きみたいに水が宇宙へ向かって噴き出しているのを見つけた。しかもその潮吹きは高さ数百キロにも達していた。どうもこの星の表面を覆う分厚い氷の下には液体の海があるらしい。そして、その海に生命がいる可能性もあるといわれているのだ。

 ニューホライズンズも、そんなとんでもない発見をしてくれるのではないかと、僕はわくわくしているのである。あと3日。あと3日だ。サンタクロースを待つ子供の気分だ。サンタが持ってきてくれるのは知識というプレゼントだ。「ホモ・サピエンス」(知恵のある人)を名乗る人類にとって、それ以上のプレゼントがあろうか?

無数の活火山に覆われたイオ(左)と、エンケラドゥスの「潮吹き」(右)。画像:NASA/JPL

 ところで冥王星といえば、惑星から準惑星に「降格」したことが以前に話題になった。ニューホライズンズが地球を飛び立った2006年1月にはまだ冥王星は惑星だった。ところがそのたった7ヶ月後の8月に降格させられてしまったのである。

 長旅をして会いに行こうと思った矢先の「二軍落ち」では、ニューホライズンズはさぞかしがっかりしているに違いないと思われるかもしれない。実は、その間逆である。「降格」の原因となった様々な発見は、ニューホライズンズの探査をさらに面白く、意味のあるものにしたのである。

 つい20年ほど前まで、太陽系といえば水金地火木土天海冥だった。冥王星だけ妙に小さかったけれども(地球の月よりも小さい)、他に知られている天体は小惑星や彗星など小物だけで、この9人の「メインキャラ」の地位は不動だった。

 ところが1990年代に入り、冥王星よりもさらに遠くにも小惑星がザクザクと見つかりだしたのだ。これらは「カイパーベルト天体」と総称される。小惑星といっても決して小さくない。マケマケ、セドナ、クアオアーなどは冥王星に匹敵する大きさを持っていた。しまいには冥王星より大きいものまで見つかった。エリスと名付けられた天体で、冥王星より約3割も重かったのだ。今までに発見されたカイパーベルト天体は千を越えるが、それも氷山の一角だ。直径100 km以上のカイパーベルト天体が、10万個以上は存在すると予想されているのである。冥王星はメインキャラの中でひとりだけ体の小さい仲間外れだと思われていた。とんでもない。彼には数え切れないほどの仲間がいたのだ!だから「降格」と言うよりも、「再分類」と言うべきだろう。

 そしてニューホライズンズの意義は、今までの惑星探査の延長ではなくなった。史上初のカイパーベルト天体探査になったのである。


 しかし、これはカイパーベルト探査のほんの序章に過ぎない。ニューホライズンズは冥王星に近づきはするが、時速5万キロという猛スピードであっという間に通り過ぎてしまうのだ。東京から大阪までたったの35秒で行ってしまうスピードである。だから、冥王星を詳しく観測する時間はたった数日しかない。もちろん、はじめて冥王星を間近に観測するという意義はとてつもなく大きい。しかし、その全てを知ることは残念ながらできない。

 これに対して、木星探査機ガリレオや、土星探査機カッシーニ、日本のはやぶさなどは、それぞれの惑星や小惑星を周る軌道に入り、何年にも渡って徹底的な探査を行った。カイパーベルト天体についての詳細な知識を得るには、そうやって探査機を周回軌道に投入し、長期にわたる探査をすることが不可欠である。

 ニューホライズンズさん9年も長旅をしてきたんだろ、先を急がずにのんびり長居していきな、冥王星だって寒いけど住めば都ってもんだ。冥王星人がいたらそう言うに違いない。いやいや、そうしたいのが本音だが、やむを得ない事情がある。ブレーキをかけるのが困難なのだ。宇宙では摩擦や抵抗を生む地面や空気がないから、減速するにはロケットを逆噴射するしかない。ところが、時速5万キロもの高速で飛ぶ探査機に十分なブレーキをかけるには膨大な量の燃料がいる。具体的には、標準的なロケットエンジン(ISP=300s)でニューホライズンズ (500kg)を冥王星の軌道に投入するには、約30トンもの燃料が必要になる。そんな巨大なロケットを冥王星まで打ち上げることは現実的ではない。

 日本のはやぶさなどは、この問題を解決するためにイオンエンジンという非常に燃費のよいエンジンを使った。しかしこのエンジンは電気を食う。太陽電池は冥王星ほど太陽から遠いと使い物にならない。ニューホライズンズには原子の自然崩壊を用いた電池が積まれているが、出力が小さい(電球2個分、200Wしかない)上に重い。現在の技術では、カイパーベルト天体に長居して探査を行うことは現実的ではないのである。

 それを可能にするには、何か新しいアイデアが必要だ。それはまったく新しいエンジンや電池かもしれないし、クリエイティブな軌道設計かもしれない。奇想天外なアイデアかもしれないし、地道な既存技術の改善かもしれない。

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宇宙人生—NASAで働く日本人技術者の挑戦

小野雅裕 /小山宙哉

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。そんな宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』ス...もっと読む

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コメント

vertanl わかりやすくて面白い記事。 5年以上前 replyretweetfavorite