どんな複雑な問題も、もとを正せば同じ原因
企業の事業承継の際に多くの経営者が頭を悩ますのが、後継者問題だろう。経営者のほとんどが自分の子どもに後を継がせたいと思っているが、それがすんなりといくケースはそんなに多くはない。私は仕事柄、年に2000人ほどの中小企業の経営者の方々にお会いしているがこんな相談を受けることが増えてきている。
「息子に自分の後を継がせたいが、会社に入ってくれない」 「後継者として社内で目をかけて育てていた息子が、会社を飛び出してしまった」
なぜこうした事態になってしまうのか。その理由はさまざまだが、「父親がやっている職業が自分には向いていないから嫌だ」「社長になるのが嫌だから」といった単純な理由だけではなく、複雑な場合が多い。
財務的にも非の打ちどころもないような素晴らしい会社であるのに、父親が厳格すぎて息子と性格が合わない。逆に仲がいい親子であったのに、結婚した嫁が自分の両親と仲が悪く、嫁のほうを取ってしまい会社を辞めてしまった。経営についての考え方の違いから大喧嘩に発展し、勘当のような状態になってしまった。父親の女性問題が許せない……。これらはほんの一部の事例だ。
多くの人から相談され、たくさんの後継者問題を目の当たりにしてきたが、私は後継者問題の9割は原因が同じであることに気づいた。ずばり、「コミュニケーション不足」だ。経営者と後継者、つまり父親と息子の間でのコミュニケーションが圧倒的に不足しているのだ。
親子、特に父親と息子というのは、一緒の会社に勤めていても、一緒の家に住んでいても、コミュニケーションを頻繁にとっているかというと、実は世間話はするが会社の問題や家の問題というのはなかなか話しづらいため、お互いに会話を避けてしまうことが多い。心当たりはないだろうか。信じられないかもしれないが、ほとんどの後継者問題は些細な親子関係のすれ違いから起こっているのである。
親子のコミュニケーションはなぜ増えないのか?
では、コミュニケーション不足になる原因とはなんだろうか。「お互いが忙しく、時間がない」ということももちろんあるだろうが、それは言い訳にはならない。少しくらい時間を作ろうと思えば作れないことはないはずだ。
会社で顔を合わせているから家では会いたくない。会社の方針などで若干考え方が違い喧嘩になるので、どこかでお互いに遠慮してしまう。改まって親子で会話をするとなるとどうも恥ずかしい……。こうしたことがコミュニケーション不足に陥ってしまう主な原因だろう。
また、親子なのだから話せばわかるようなことであっても、はなから「ウチの父親は何を言っても聞かない」「息子に何を言っても無駄だ」「話さなくてもお互いの考えていることはわかっている」と思い込み、会話をすることすらしない親子も多い。コミュニケーションをとる前から諦めていては何の解決にもならない。わかり合っていると思っていても誤解であることも十分にあり得るはずだ。会話をしない限り、相手の本当の気持ちなど理解することはできないのだ。
顔を合わせるたびに喧嘩をしているような親子は、後継者である息子が一歩引いて冷静になることを覚えてもらいたい。喧嘩をするなとは言わないが、最後は後継者が謝ることを覚悟したうえでするべきだ。今は父親が会社の社長だ。「自分は後継者という立場で、会社を継ぐ側なのだ」ということを強く自覚して、後継者は我を通す前に父親である社長を立てるべきだ。
このように、ほぼすべての後継者問題はこうした普段からある親子間のすれ違いが遠因となっている。それがよくないことだと頭ではわかっていても、やはり簡単にはコミュニケーションを密にとることはできない。親子のはずかしさや遠慮というのがあるのだろう。難しいことかもしれないが、そういう場を作って距離を縮めていくしかない。
私の父親は日本経営合理化協会の理事長だ。私は協会の専務理事だがいずれは理事長の後を継ぐことになっている。私自身も後継者なのだが、父親の理事長とは週2~3日は同じ車に乗って通勤している。車中での会話はさまざまだ。仕事の書類を見ながら確認し合うこともあり、月次の報告であったり、相談事であったりする。もちろん、最近見て感動した映画の話で盛り上がることもある。
よく驚かれるが、理事長と2人で飲みに行くこともしばしばある。こちらから「行きますか?」と誘うと嬉しそうな顔をしてくれる。理事長から誘われることもある。「親子で仲が良くてうらやましい」と言われるが、親子で一度も飲んだことがないという人はぜひ自分から機会を作ってほしい。
親子の会話のなかに無駄なことなどない。「商売のアイデアのヒント」といった小さい話やビジネスに関わる話だけに留まらない。ときには重たい話にもなるだろう。親子でそういう会話をすることを避けたい気持ちもわかるが、それも含めてはじめて親子の密なるコミュニケーションが成立するのである。
会社について親子の思いを共有する
さて、ただ親子でコミュニケーションがとれるようになればそれでいいのかと言えば、後継者問題においてはそれだけではいけない。親子の間で会社の経営についてどう思っているのか、これからどうしていくのか、その思いや考えを共有する必要がある。会社についての共通認識ができていない、ズレが生じているから問題になるのだが、それもやはり日頃からそういう会話をしていないことが原因なのだ。
日本経営合理化協会では、経営者や後継者向けにセミナーを企画・運営しているのだが、親子でセミナーに申し込んできても、「親子で席を離してほしい」とわざわざ頼んでくる人が意外といる。せっかく同じセミナーに出席しても、社長と後継者が隣同士に座って会話をしないと意味がない。
席を別々にしてしまったら、講義を聴いていて、いざピンときたときに「これは活用できますね」「これができてませんね」といった意思疎通ができない。社長と後継者の間ではそういう会話こそ必要なのだ。隣にいれば、相手がうなずくところも見えるため、各論についてお互いの意見がわかってくる。そうやって一つひとつを確認し合うことが大切なのだ。
事業承継をする際に社長にぜひ作ってもらいたいのが、「社長の人生計画表」だ。社長自身の年齢、子どもの年齢、資産などから役員の年齢まで細かく書いていく。さらに、5年後にどうなっているのか、10年後にどうなっているのか、社長が引退するときに後継者の年齢はいくつで、中継ぎ社長は必要なのか、そういった計画をまとめるのだ。
すでに先のことを考えているという経営者もいるかもしれないが、それを紙に書き出すようなことをしているだろうか。意外と、「今後の計画は自分の頭の中で考えている」という人が多いだろう。しかし、それではいざというときに問題が起きてしまう。いきなり倒れてしまったりしたら、誰がその計画を知ることができるだろうか。事前にしっかりと計画を考えて、それを書きとどめておくことが問題の火種を1つなくすことになる。
後を継ぐ後継者の立場からしても、会社の経営を行うことになるのだから相応の覚悟や準備が必要だろう。事前に、社長との間で細かいすり合わせや確認もしておきたいと思うはずだ。後継者側からは言いにくいかもしれないが、「社長がどう考えているのかわからない」というのであれば、そうした勉強会に誘うなどして計画をまとめていくことだ。会社の方向性をすり合わせたり、意思を共有するために一緒に勉強会に参加する親子は年々増えている。
会社の経営から趣味の話まで、親子だからこそ時間を惜しまず会話を重ねてほしい。後継者“問題”にまで発展させないための第一歩が、コミュニケーション不足の解消なのだ。