誰でもネット被害者になりうる時代に
もしもあなたが、ネット上に誹謗中傷を書かれたら?
いちいち気にしていても仕方がないので、そのまま放っておくという人もいるかもしれません。しかし、それが著しく自分自身の名誉を傷つける内容であったり、プライバシーを侵害するような記事だった場合、その記事や情報をすぐにでも削除したいと思うのは当然のことです。
私たちひとりひとりが検索の対象になり、検索結果に出てくる情報の一部となっています。そして、検索結果で知り得た私たちひとりひとりに関する記事や情報をもとに、第三者が何らかの評価・判断を下しているのです。
いまや、検索結果に出てくる自分に関する記事や情報がすなわち、自分に対する社会からの評価(社会的評価)と言っても過言ではない時代です。社会的評価に直結するネット記事や情報の削除、発信者特定を求める相談が増えるのも当然のことと思われます。
たとえば、アメリカでは、ある女性が法的に氏名を変更するまでに追い込まれてしまったという事例があります。
その女性は、交際をしていた男性と一緒に写真や動画を撮りふたりで共有していましたが、その後男性とは別れることになります。
ときは流れて数年後、その女性は友人からの連絡で自分の恥ずかしい写真がポルノサイトに掲載されているのを知り愕然とします。
自分の名前で検索すると、200以上のサイトに写真や動画が溢れ、そこには実名だけでなく職場や住所などの個人情報が書き込まれていました。すぐに、弁護士に相談しましたが、「すべてに対処するには何十万ドルの弁護士費用がかかる」と言われ、途方に暮れてしまいます。
その後、地道に削除依頼を続けますが、ネット上からすべての画像や動画を消し去るには限界があると判断し、名前を変えて、サイトに表示されている画像の人とは別人として生きることを余儀なくされました。
これはアメリカだけの問題ではありません。日本にも同じような事例に苦しむ方が現実に多く存在しています。
なぜ、サイト管理者への削除依頼が難しいのか
これまで、私はインターネットの違法情報の削除に数多く取り組んできましたが、トラブルの解決にはネット特有の難しさがあると考えています。
ネット上にはそもそも、誰が管理者なのかわからないサイトが数多く存在し、削除依頼をしようにもサイトの管理者と連絡がつかないケースが少なからずあるからです。
さらには、サイト管理者が判明し、削除請求をしても、簡単に削除に応じてもらえないケースもあります。サイト管理者が海外法人の場合には、法制度の違いもひとつの要因となります。
壁となるのは、日本だけでなく各国の憲法で保障されている「表現の自由」です。いわゆる掲示板サイトの場合、情報を書き込むのは管理者とは別の第三者です。そして、この第三者にも「表現の自由」があるため、利用規約等に反しない限り、サイト管理者といえども勝手に削除すると、投稿者からクレームの付くこともあります。
「グーグル」「ヤフー」など検索サイトへの削除を求める理由
サイト管理者が削除依頼に応じない場合、裁判所に「削除仮処分」の申立をしています。たいてい、名誉権侵害、プライバシー侵害の主張立証をしますが、これには相当な手間と時間がかかります。20個のサイトが任意の削除を拒否すれば、20個のサイトを相手に削除仮処分の申立をし、20回、同じ主張立証をする必要があります。
また、削除請求をする側では、名誉権侵害の場合、記載事実が真実に反すること、つまり、「ない」ことの証明が求められることから、ケースによっては、立証が難しい場合もあります。そのため、もう少し簡易な手続きで、迅速に削除できるような仕組みがあって然るべきだと考えます。
勘の良い読者なら、「各サイト管理者に削除依頼せず、検索されないようにすれば良いのではないか」と思われるでしょう。
その通りです。それが「検索結果の削除請求」の考え方です。
自分の名前で検索して、違法な記事が出てきてしまうことが問題なのですから、入り口で止めてしまえば良いのです。検索結果に出てこないようになれば、各サイトひとつひとつに削除依頼をする必要もなくなります。
そこで、いままでも「グーグル」「ヤフー」などの大手検索サイトに対して、さまざまな方法で法的な削除請求が試みられてきました。しかし、検索サイトは現代人の生活に欠かせない重要なものであるという考えの下、長きにわたり日本の裁判所で検索結果の削除請求が認められることはありませんでした。
「忘れられる権利」という新しい概念
そんなとき、ある裁判の行方に注目が集まりました。2011年11月のことです。
フランス人女性が自分の名前で検索すると、20代のころ、有名になりたい一心でたった一度撮影したヌード映像が30万を超えるサイトにコピーされていることがわかりました。そして、それが原因で仕事に就けないというのです
30万ものサイトひとつひとつに削除請求をするのは不可能です。そこで、検索結果として出てこなければ映像にたどりつくことはないだろうと考えた女性は、グーグルを相手に削除訴訟を起こしました。
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