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黒船来航!ハーパーコリンズ日本上陸—渡辺由佳里×堺三保対談 vol.1

日本の翻訳小説業界に、人気作家を多く抱え、世界18カ国で事業展開しているハーパーコリンズ・パブリッシャーズが上陸! 日本支社による新レーベル〈ハーパーBOOKS〉が創刊となります。これを記念して、創刊タイトル『毒見師イレーナ』にたずさわった翻訳家の渡辺由佳里氏と、脚本家、翻訳家、評論家である堺三保氏が対談。初回はハーパーコリンズの成り立ちから、海外の出版事情までお話いただきました。ハーパーコリンズの日本上陸はどのようなインパクトを与えるのでしょうか?

— 本日はお時間いただき、ありがとうございます! よろしくお願いします。

渡辺由佳里(以下、渡辺) こちらこそよろしくお願いいたします。

堺三保(以下、堺) よろしくお願いしまーす。

— 今回、おふたりは、ハーパーコリンズ・ジャパンが刊行する『毒見師イレーナ』の翻訳と解説をそれぞれ担当されたんですよね。今日はぜひ、ハーパーコリンズ日本上陸から『毒見師イレーナ』、はては翻訳小説全般についてまで幅広く語っていただきたく! と言いつつ、実は私もまだ「ハーパーコリンズってなんぞや?」の状態ですが……世界ではかなり有名な出版社、なんですよね。

毒見師イレーナ (ハーパーBOOKS)
毒見師イレーナ (ハーパーBOOKS)

渡辺 では、まずは「ハーパーコリンズとは?」からいきましょうか! 世界にはかつて“ビッグ6”と呼ばれた、6つの代表的な大手出版社があるんですよね。ペンギンとランダムハウスが合併したので、今は“ビッグ5”となりましたが……。

 ちょうどハリウッドの映画会社に“メジャー6”があるような感じですね。

渡辺 はい。ハーパーコリンズはそのうちのひとつで、老舗でもあります。

— ビッグ5! 5本指なわけですね。その中でハーパーコリンズって、どんなイメージの会社というか、印象なんでしょう? 

渡辺 ハーパーコリンズの親会社であるニューズ・コーポレーションは、タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルといった新聞・雑誌、Foxテレビや21世紀フォックスといった映画会社を傘下におさめている、巨大なメディア・コングロマリットなんです。

— 聞いたことある名前ばかりです。

渡辺 ええ。ですからハーパーコリンズは「売れる本を探すのがうまく、売り方もうまい」という印象がありますね。最近映画やテレビでも売れているヒット作には、ベロニカ・ロスの『ダイバージェント 異端者』があります。あと『炎と氷の歌』で有名なジョージ・R・R・マーティンもハーパーコリンズから出版していますし、昔の作家では、アガサ・クリスティとかJ.R.R.トールキンとか。

ダイバージェント 異端者 (上) (角川文庫)
ダイバージェント 異端者 (上) (角川文庫)

 ハーパーコリンズって、もとはアメリカの出版社とイギリスの出版社が合併した会社でしたよね。いま名前の挙がったクリスティやトールキン、あとC.S.ルイスといったイギリス作家の古典があるのは、そのためですよね。

渡辺 ええ、アメリカのハーパー兄弟が設立した出版社をニューズ・コーポレーションが買収し、そのニューズ・コーポレーションが次にイギリスの老舗ウィリアム・コリンズ&サンズを買収して、ハーパーコリンズになったんですよね。

— なるほど。メディアを華々しく駆使するアメリカっぽさもあり、古き良き古典を揃えたイギリスっぽさもあるわけですね。

渡辺 ちなみに「ハーパー」と「コリンズ」のそれぞれが抱えていた作家は、大物ぞろい。今でもそれらが映画化されるたびに本が売れます。たとえば、トールキンの『ホビットの冒険』とか。あと、現代のシリアスな文学ではヒラリー・マンテルとか……。

 マンテルといえば『ウルフ・ホール』に始まる3部作が有名ですよね。

ウルフ・ホール (上)
ウルフ・ホール (上)

— どんなお話なんでしょう?

 主人公は悪名高いヘンリー八世の謀臣トマス・クロムウェル。トマスはもともと「野心に満ちた策謀家」というイメージが強いんですが、この物語では一転、人間味溢れる人物として描かれているんです。いや、実におもしろい歴史大作なんですよ! 3作目が早く読みたいなあ!

渡辺 3部作のうち最初の2冊がブッカー賞を受賞しましたよね。

— たびたびすみません。ブッカー賞とは……?

渡辺 ブッカー賞は英国の文学賞で、世界で最も権威がある賞のひとつです。たまに「通すぎ」というか文芸評論家向けの雰囲気で、「なによ、これ〜! 読んで損した」という受賞作もあり、そういうのはやはりそれほど売れません。でも、マンテルは歴史小説としてとても面白いので、よく売れてますよね。

— 読者は正直ですね~(笑)。『ウルフ・ホール』、俄然読んでみたくなりました! ところで、ハーパーコリンズはいわば“英米の融合出版社”みたいですが、日本の出版社と違いがあるとすれば、どんなところなんでしょう?

渡辺 日本では一人の作家が多くの異なる出版社から本を出すのが当たり前で、そのほうが売れている作家という見方がありますよね。でも、英語圏では通常、作家はひとつの出版社のみと契約しているんです。ほかの出版社から出すこともないわけではありませんが

 そのあたりの感覚は日本と一番違うところかもしれませんね。出版社から著者にアドバンスという前払い契約金が支払われるとか、出版社と著者の間をエージェントが仲介してくれるとか、そういったところも日本の出版社との大きな違いですよね。

渡辺 そうそう。日本だと、印税契約というのが主流で、それは本が実際に刷られてから支払われるんですが、英語圏では著者は、一冊の本の企画ができて契約した時点でアドバンスを支払ってもらえますから、そのお金を取材に使うことができるんです。たとえ執筆作が年に一冊以下でも食べていけるということも。だから、みんな時間をかけて書いていますよね。1989年に『日の名残り』でブッカー賞を取ったカズオ・イシグロなんて、2005年の『わたしを離さないで』から次の『忘れられた巨人』まで10年も間があいています

日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り (ハヤカワepi文庫)

— 10年! 小学1年生なら高校2年生になっちゃいますね。

渡辺 イシグロさんはハーパーコリンズからは出していませんが、いずれにせよそういった点でも、大手の出版社と長年のしっかりした関係を持つことは、作家にとってとても心強いものなんです。

 確かに、英米作家の現代作品って、時間をかけて丹念に取材されていますよね。そういう時間的な余裕もあるということだと思いますが、扱っている情報量がダントツに多い。例えば、SF作家のニール・スティーブンスンなんか、新作の発表はだいたい3年から4年おきですが、その分、一冊ごとのボリュームは質も量もものすごく重厚なものをどーんと出してきます。どんな売れっ子作家でも、というか、売れっ子作家ならばこそ。日本の作家にはこんな気の長いことはなかなか許されないと思います。

渡辺 スティーブンスンといえば今年5月に『Seveneves』が刊行されましたよね。びっしり小さな文字のハードカバーでなんと900ページ! 実は著者に、本にサインしてもらいました!


分厚すぎる!900ページの『Seveneves』

 前作の『Reamde』から4年かかってますよね。今回の作品は、何者かによって月が破壊され、その破片によって地球が居住不可能となりつつある世界が舞台という、真正面からのSF。すごく興味はあるのですが……なにせやたらと長いのがなあ(笑)。

渡辺 政治・軍事スリラーの大人気作家ネルソン・デミルだって“書きすぎ”の印象があるけれど、最近のシリーズの6作と7作の間には3年くらいの間がありますからね。ちなみにデミルはアメリカ陸軍にいた経験があるんですが、英語圏では、実際にスパイだった人や政治経済に関わった人が作家になっているケースも多いですよね。『寒い国から帰ってきたスパイ』のジョン・ル・カレはイギリスの秘密諜報部MI6出身だし、『ジャッカルの日』のフレデリック・フォーサイスは元ジャーナリスト。そういった意味で実体験を活かした彼らの作品は、「実情を知っているからこそ書ける厚みのある作品」と言えるのかも。

— 実際の諜報部員だったからこそ書ける、現実に迫るその世界観……たしかに読んでみたくなります。

 アメリカで言うところのペーパーバック・オリジナルみたいな、どんどん書いては出すタイプの娯楽作品も、私は好きなんですけどね。でも書く方にしたら、あれだけのスピードで作品を作りつづけるって、かなりきついのかも。

渡辺 そうですよね。時間をかけると言えば、ノンフィクションもそれが顕著。日本でも有名になった『スティーブ・ジョブズ』も、著者のウォルター・アイザックソンが2年以上かけて、ジョブズに40回インタビューし、さらに家族、友人、同僚、社員100人以上にも取材して書いたものなんです。

スティーブ・ジョブズ I
スティーブ・ジョブズ I

— そんなに! 実体験をもとにしたり、取材に時間をかけたり。ただ丹念に紡がれたというだけでなく、「その国に暮らしているからこそできる作品づくり」という面も大きいのかもしれないですね。そういった“海外ならでは”の良作、もっと日本の皆さんに読んでもらいたいものですね。

 私はハーパーコリンズが日本に進出したことで、今後の展開がすごく楽しみですよ。ハーパーコリンズみたいな英米の出版社が直接日本で本を出し始めるというのは、これまでほとんどない出来事。いわばものすごい「黒船来航」なわけで。たとえばですけど直接出版できる点を活かして、日本ではまだ誰も読んだことのない新人のデビュー作が「日英米ほぼ同時発売!」なんてこともあったりすると……すごくおもしろいだろうなあ、とか。可能性がいろいろ広がります。

渡辺 そうですね! これを機に面白い本がどんどん翻訳されていくことを願っています。

(次回につづく)

渡辺由佳里(わたなべ・ゆかり)
エッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家。兵庫県生まれ。助産師としてキャリアをスタート。日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、 1995年よりアメリカに移住。ブログ「洋書ファンクラブ」は、多くの出版関係者が選書の参考にするほど高い評価を得ている。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。翌年『神たちの誤算』(共に新潮社刊)を発表。他の著書に『ゆるく、自由に、そして有意義に』(朝日出版社)、 『ジャンル別 洋書ベスト500』(コスモピア)、『どうせなら、楽しく生きよう』(飛鳥新社)など。糸井重里氏監修の訳書『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社)はベストセラーに。
公式ブログ:http://watanabeyukari.com/

堺三保(さかい・みつやす)
作家/脚本家/翻訳家/評論家、つまりはよろず文筆業。1963年大阪生まれ。評論・翻訳は、英米の娯楽小説、映画、テレビドラマ、コミックスが専門。テレビアニメのSF設定や脚本の仕事も多い。SF設定の近作はテレビアニメ『エウレカセブンAO』(毎日放送/BONES)、近訳書は『シン・シティ(1~4)』(フランク・ミラー著/小学館集英社プロダクション)。その他、『S-Fマガジン』、『映画秘宝』等の雑誌に寄稿多数。2007~2010年、南カリフォルニア大学映画芸術学部映画/TV製作科に留学。卒業後はこれまでの仕事に加え、映画監督を目指して悪戦苦闘中。 noteのページはこちら。

この連載について

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ハーパーコリンズ・ジャパン

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hq_syoten_sama 『毒見師イレーナ』☆ハーパーBOOKS 1 約2年前 replyretweetfavorite

hq_syoten_sama ハーパーBOOKS ☆ 約2年前 replyretweetfavorite

idea_ink 渡辺由佳里さん「英語圏では著者は、一冊の本の企画ができて契約した時点でアドバンスを支払ってもらえますから、そのお金を取材に使うことができるんです」 約2年前 replyretweetfavorite

hq_syoten_sama 『毒見師イレーナ』 約2年前 replyretweetfavorite